錦岡樽前山神社 - 神社ファン

有名度

前頭

錦岡樽前山神社

にしきおかたるまえさんじんじゃ

北海道苫小牧市宮前町3丁目6-20

😞 🙁 😐 🙂 😄

北海道苫小牧市宮前町3丁目6-20

かんたんご利益

  • 仕事
  • 安全
錦岡樽前山神社には

「仕事系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

諸産業守護 海上安全

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

三島・大山祇系」 「不明(2柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

錦岡樽前山神社は北海道苫小牧市に鎮座する神社。御祭神は大山津見神、久久能智神、鹿屋野比賣神の3柱をまつる。
錦岡樽前山神社に伝わる樽前権現像は、江戸時代前期に蝦夷地を訪れた僧・円空が造像したものである。円空は寛文5年(1665年)頃に蝦夷地へ渡り、翌寛文6年(1666年)7月頃、現在の北海道豊浦町礼文華小幌の洞窟で5体の円空仏を刻んだ。樽前権現像はオンコ材を用いた高さ45センチの像で、背面には「たろまゑ乃たけ」と刻まれている。
寛政3年(1791年)、菅江真澄は紀行文『えぞのてぶり』に、小幌の洞窟に5体の円空仏が安置され、それぞれの背面に地名が刻まれていたことを書き残した。寛政11年(1799年)には幕府の役人・松田伝十郎がこれらの像を確認し、刻まれた地名に従って各地へ移すことを幕府へ届け出た。樽前権現像はその後、樽前山麓へ移され、樽前権現社に安置された。
文化6年(1809年)に荒井保恵が著した『東行漫筆』には、樽前山麓に樽前大権現を掲げる社が記されている。安政年間(1855~1860年)には松浦武四郎も樽前権現社を記録し、その後も榊原銈蔵や市川十郎らの記録に登場する。元治2年(1865年)には勇払場所請負人・山田文右衛門らが手水鉢を奉納し、旧宮形には慶応元年(1865年)に新潟で製作されたことを示す墨書が残されている。
明治時代に樽前権現社は廃止され、樽前権現像は覚生へ移された。その後、明治37年(1904年)頃に樽前へ移され、大正10年(1921年)頃に錦岡地区へ遷座した。さらに大正12年(1923年)頃に錦多峰駅付近へ移り、昭和40年(1965年)に現在地へ遷座した。昭和54年(1979年)11月4日には現在の社殿が新築落成している。
円空作樽前権現像をはじめ、御宮形、鏡台、獅子頭、竜頭、絵馬「萬歳」、狛犬など7点の奉納品は、昭和54年(1979年)12月28日に苫小牧市指定有形文化財となった。例大祭は毎年6月に執り行われ、宵宮祭や本祭、神輿渡御などが行われるほか、樽前権現像が公開されることもある。
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神社詳細

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