有名度
十両金刀比羅神社
ことひらじんじゃ
北海道日高郡新ひだか町東静内76番地
北海道日高郡新ひだか町東静内76番地

かんたんご利益
- 仕事
- 安全
金刀比羅神社には
「仕事系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
漁業守護 航海守護 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「金毘羅系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
金刀比羅神社は北海道日高郡新ひだか町に鎮座する神社。御祭神は大物主神、崇神天皇の2柱をまつる。
社格は旧村社。
文化年間(1804~1818年)に作成された『シツナイ場所大概書』には、シツナイに二間四方余りの弁天社があったことが記されている。さらに、安政年間(1854~1860年)に当地を踏査した松浦武四郎も『東蝦夷日記』の中で、会所や勤番所、板蔵、馬屋とともに弁天社、金毘羅社、稲荷社の存在を記録している。当時のシツナイは現在「元静内」と呼ばれる場所にあたり、この弁天社は会所の移転に伴い、安政元年(1854年)に現在地へ移された。
明治9年(1876年)、金屠比羅社の名で村社へ列せられ、昭和7年(1932年)に現在の金刀比羅神社へ改称した。昭和21年(1946年)には宗教法人となり、地域の信仰の中心として今日まで受け継がれている。
社宝として、慶応3年(1867年)奉納の「韓信潜股の図」の額が伝えられている。社殿は神明造で、例祭日は9月10日である。
社格は旧村社。
文化年間(1804~1818年)に作成された『シツナイ場所大概書』には、シツナイに二間四方余りの弁天社があったことが記されている。さらに、安政年間(1854~1860年)に当地を踏査した松浦武四郎も『東蝦夷日記』の中で、会所や勤番所、板蔵、馬屋とともに弁天社、金毘羅社、稲荷社の存在を記録している。当時のシツナイは現在「元静内」と呼ばれる場所にあたり、この弁天社は会所の移転に伴い、安政元年(1854年)に現在地へ移された。
明治9年(1876年)、金屠比羅社の名で村社へ列せられ、昭和7年(1932年)に現在の金刀比羅神社へ改称した。昭和21年(1946年)には宗教法人となり、地域の信仰の中心として今日まで受け継がれている。
社宝として、慶応3年(1867年)奉納の「韓信潜股の図」の額が伝えられている。社殿は神明造で、例祭日は9月10日である。
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出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
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