有名度
十両美深神社
びふかじんじゃ
北海道中川郡美深町字西2条南6丁目61
北海道中川郡美深町字西2条南6丁目61

かんたんご利益
- 仕事
美深神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
美深神社は北海道中川郡美深町に鎮座する神社。御祭神は天照大神、豊受姫命の2柱をまつる。
旧社格は旧村社。
美深町では明治33年(1900年)から開拓者の入植が始まり、明治36年(1903年)に神社が創祀された。当初は下名寄村神社と称し、明治37年(1904年)10月3日に村として初めて祭事を執行した。初代神職は幕内平次郎で、明治38年(1905年)には現在地に社殿を建立した。
大正9年(1920年)に村名が美深村となり、大正11年(1922年)には村社へ列格するとともに神饌幣帛料供進神社に指定された。同年、幕内平次郎が初代社掌に任命され、その後は幕内徳雄、幕内次郎へと受け継がれた。昭和8年(1933年)に就任した幕内次郎は太平洋戦争で戦死し、その後は妻の幕内鉸が宮司代務者として神社を守った。昭和46年(1971年)には幕内信温が宮司に就任した。
昭和47年(1972年)には新社殿と社務所を建立し、昭和63年(1988年)には神輿庫、平成4年(1992年)には斎館を建設するなど、社頭の整備が進められた。境内には三社神社と忠魂碑が鎮座するほか、昭和33年(1958年)の美深町大火で市街地の約8割が焼失したことを後世へ伝え、火防鎮護を祈願する鎮火碑が建立され、現在も祭事が執り行われている。
社殿は神明造で、例祭日は毎年9月3日である。
旧社格は旧村社。
美深町では明治33年(1900年)から開拓者の入植が始まり、明治36年(1903年)に神社が創祀された。当初は下名寄村神社と称し、明治37年(1904年)10月3日に村として初めて祭事を執行した。初代神職は幕内平次郎で、明治38年(1905年)には現在地に社殿を建立した。
大正9年(1920年)に村名が美深村となり、大正11年(1922年)には村社へ列格するとともに神饌幣帛料供進神社に指定された。同年、幕内平次郎が初代社掌に任命され、その後は幕内徳雄、幕内次郎へと受け継がれた。昭和8年(1933年)に就任した幕内次郎は太平洋戦争で戦死し、その後は妻の幕内鉸が宮司代務者として神社を守った。昭和46年(1971年)には幕内信温が宮司に就任した。
昭和47年(1972年)には新社殿と社務所を建立し、昭和63年(1988年)には神輿庫、平成4年(1992年)には斎館を建設するなど、社頭の整備が進められた。境内には三社神社と忠魂碑が鎮座するほか、昭和33年(1958年)の美深町大火で市街地の約8割が焼失したことを後世へ伝え、火防鎮護を祈願する鎮火碑が建立され、現在も祭事が執り行われている。
社殿は神明造で、例祭日は毎年9月3日である。
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出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
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