有名度
十両大中山神社
おおなかやまじんじゃ
北海道亀田郡七飯町字大中山287番地
北海道亀田郡七飯町字大中山287番地

かんたんご利益
- 仕事
- 安全
大中山神社には
「仕事系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
諸産業守護 海上安全
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「三島・大山祇系」
です。他に 「稲荷系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
大中山神社は北海道亀田郡七飯町に鎮座する神社。御祭神は大山祇命、倉稲魂命の2柱をまつる。
社格は旧村社。
大中山は、かつて大川村と中島村の二つの集落に分かれていた。大川村では、およそ400年前、杉本永八の祖先の一族が南部地方から渡道して移住したことに始まり、その頃から和人の移住者が増加した。天正4年(1576年)、村民の協議により七飯村の三嶋神社から御分霊を勧請して三嶋神社を創建したと伝えられている。また、『七飯町史年表』にも、天正4年(1576年)に大川村の三嶋神社が草創され、これが現在の大中山神社にあたることが記されている。
一方、中島村では安政4年(1857年)に岩崎恒右ェ門や池田長四郎らが越後国から渡道し、文久2年(1862年)5月には池田甚内が越後国稲荷岡村の本社から御分霊を勧請して稲荷神社を創建した。その後、明治43年(1910年)8月3日に三嶋神社へ稲荷神社を合併し、現在地へ社殿を建立した。さらに、大正5年(1916年)6月には社号を大中山神社へ改称している。
明治9年(1876年)には村社へ列せられ、大正11年(1922年)8月25日には神饌幣帛料供進神社に指定された。
社殿は神明造の様式で建てられ、例祭は毎年9月5日に斎行される。長い歴史の中で地域の信仰を支え続け、現在も人々に親しまれている神社である。
社格は旧村社。
大中山は、かつて大川村と中島村の二つの集落に分かれていた。大川村では、およそ400年前、杉本永八の祖先の一族が南部地方から渡道して移住したことに始まり、その頃から和人の移住者が増加した。天正4年(1576年)、村民の協議により七飯村の三嶋神社から御分霊を勧請して三嶋神社を創建したと伝えられている。また、『七飯町史年表』にも、天正4年(1576年)に大川村の三嶋神社が草創され、これが現在の大中山神社にあたることが記されている。
一方、中島村では安政4年(1857年)に岩崎恒右ェ門や池田長四郎らが越後国から渡道し、文久2年(1862年)5月には池田甚内が越後国稲荷岡村の本社から御分霊を勧請して稲荷神社を創建した。その後、明治43年(1910年)8月3日に三嶋神社へ稲荷神社を合併し、現在地へ社殿を建立した。さらに、大正5年(1916年)6月には社号を大中山神社へ改称している。
明治9年(1876年)には村社へ列せられ、大正11年(1922年)8月25日には神饌幣帛料供進神社に指定された。
社殿は神明造の様式で建てられ、例祭は毎年9月5日に斎行される。長い歴史の中で地域の信仰を支え続け、現在も人々に親しまれている神社である。
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神社詳細
摂末社・境内社
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建築
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神紋
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出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
https://hokkaidojinjacho.jp/
