乃木希典
のぎまれすけ
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング495位
- 軍人
江戸~明治 [1849年~1912年]
乃木希典とは?
乃木希典(1849-1912)は江戸~大正時代の武士・軍人。妻は静子。長門国(山口県)長府藩士の子として生まれる。15歳で元服し学問を志すと、松下村塾の創始者・玉木文之進の下で学んだ。初陣の第2次長州征伐では長府藩報国隊として参戦。明治政府では陸軍少佐となった。萩の乱や、続く西南戦争に出陣。西南戦争後、薩摩藩士の娘・静子と結婚し、翌年には長男が誕生した。その後も大佐、少将と昇進し、1886年に軍政や戦術を学ぶためドイツに留学している。一時的な休職後、歩兵第一旅団長として日清戦争に出征し、終結後に第3代台湾総督に任命される。日露戦争では第3軍司令官として旅順を攻略。激戦の中、共に出征していた長男と次男が戦死している。日本へ凱旋を果たし軍事参議官となり、1907年からは明治天皇の意を受け学習院長を兼任した。明治天皇の崩御後に執り行われた大喪の礼の夜、静子と共に自刃し明治天皇の後を追った。 希典は各地の乃木神社(東京都港区ほか)で祭神としてまつられている。希典の出生地や休職期間中に滞在した別邸のあった地など、縁の地に多く建立されている。各神社の記念館や宝物館では、刀剣、武具を始め、夫妻の生活調度品などを見ることができる。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
乃木大将のぎたいしょう
その他
乃木将軍のぎしょうぐん
その他
