清原頼業 神社の神様 - 神社ファン

清原頼業

きよはらのよりなり

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
清原頼業

菊池容斎(前賢故実)

祭神ランキング776位

  • 貴族・公家
  • 学者

平安 [1122年~1189年]

清原頼業とは?

清原頼業(1122-1189)は、平安時代後期の貴族で、儒学者。元の名は顕長・頼滋。天武天皇の皇子である舎人親王の子孫で、大外記兼助教・清原祐隆の子。清原の一族は学問に長けたものが多く、三十六歌仙の清原元輔、その娘・清少納言なども輩出している。頼業も類にもれず明経道に通じ、優秀な学者だった。近衛天皇から高倉天皇まで5代の天皇に仕えた。1142年に少外記となってから藤原頼長の推挙で大学直講、記録所寄人・助教、大外記、穀倉院別当を経て正五位上となる。局務は24年もの間務めた。藤原頼長や九条兼実らにその和漢の学識と実務の手腕を早くから認められており、兼実からは「和漢の才を吐く誰かあへて肩を比せんや、誠にこれ国の大器、道の棟梁なり」と賞賛されている。1175年に高倉天皇侍読となり、明経道の復興に尽力した。桜を好んでおり、廟は「桜の宮」や「桜大明神」と呼ばれ、桜の名所に数えられていたという。頼業は高名な学者だったため、学業成就や試験合格などの御神徳があると言われている。 京都市右京区嵯峨野にある車折神社では、清原頼業を主祭神として祀っている。

ご神徳

学業成就 試験合格

別称・異称

車折明神

くるまさきみょうじん

その他

祀られている主な神社

車折神社
(京都府右京区嵯峨朝日町23)
比治山神社
(広島県南区比治山町5番10号)
車折神社
(岐阜県各務原市鵜沼大安寺町1丁目86)