宇賀神 神社の神様 - 神社ファン

宇賀神

うかのかみ

  • 神話・伝説
  • 不明
宇賀神

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宇賀神

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宇賀神

玉蘭斎貞秀(神佛図會)

祭神ランキング457位

宇賀神とは?

宇賀神《うがじん》は、中世の神仏習合の中で成立した、食物や農業、水、福徳などに関わる神である。『古事記』『日本書紀』には宇賀神という神は登場せず、その起源や成立には不明な点も多い。一般に老人の顔と蛇の身体を持つ人頭蛇身の姿で表されることが多いが、女性の顔を持つ宇賀神像もあり、性別は一定していない。
神名の「ウカ」は食物や穀物を意味すると考えられ、『古事記』に登場する穀物神ウカノミタマと同一視されることがある。また、トヨウケやオオゲツヒメなどの食物神と関連づけて解釈されることもある。ただし、記紀には宇賀神の名や人頭蛇身の姿は記されておらず、これらの神々との関係は後世の信仰や解釈によるものである。
宇賀神の大きな特徴が、老人または女性の頭と蛇の身体を持つ姿である。蛇は水や豊穣、生命力などと結びつけられてきたことから、宇賀神の蛇体についても農耕や水、穀物との関係から説明されることがある。宇賀神はやがて仏教の弁才天と強く習合し、宇賀弁才天または宇賀弁財天として信仰されるようになった。宇賀弁才天像には、弁才天の頭上に鳥居を置き、その中に小さな人頭蛇身の宇賀神を表したものもある。
こうした信仰から、宇賀神は五穀豊穣、商売繁盛、財福、延命長寿などをもたらす神として信仰されている。
鎌倉の銭洗弁財天宇賀福神社では宇賀福神が祀られている。神社の伝承では、源頼朝が夢のお告げを受け、この地の湧水を用いて神仏を供養したことを創建の由来とする。また、北条時頼がこの霊水で銭を洗い、一族繁栄を祈ったという伝承もあり、現在まで銭洗いの信仰で広く知られている。宇賀神はこのほか、弁才天信仰と結びついた寺院などで宇賀弁才天として祀られている。

エピソード

記紀には登場しない人頭蛇身の神
宇賀神は、老人や女性の顔に蛇の身体を持つ人頭蛇身の神である。蛇の身体はとぐろを巻き、その上に人の頭が載る独特の姿で表される。老人の顔を持つ男神像が多いが、女性の顔を持つ像もあるため、宇賀神の性別は一定していない。
ウカノミタマと名前や神格が似ていることから、宇賀神も日本神話に登場する神と思われることがある。しかし、『古事記』『日本書紀』には宇賀神の名も、人頭蛇身の神の誕生を語る物語も存在しない。宇賀神は古代の記紀神話ではなく、中世に神道、仏教、蛇神信仰、穀物信仰などが結びつく中で姿を現した神である。
蛇は水田や水辺で見られ、稲作に必要な水と深く関わる。また、穀物を食べるネズミを捕らえることから、収穫を守る存在とも考えられた。冬眠から目覚め、脱皮によって姿を新しくする生態は、生命の再生や長寿の象徴にもなった。こうした蛇の性質が、食物や農業を司る宇賀神の姿に取り入れられたと考えられている。
宇賀神の起源についてはさまざまな説があり、特定の古代神や外国の神だけを起源とすることはできない。日本の穀霊信仰と蛇神信仰に、密教や弁才天信仰が重なって成立した神として理解されている。

出典・参考:奈良国立博物館「宇賀神像」、『日本の神仏の辞典』、國學院大學日本文化研究所編『神道事典』



穀物を表すウカと蛇神信仰
宇賀神の名にある「ウカ」は、食物や穀物を意味する古い言葉と考えられている。『古事記』に登場するウカノミタマの「ウカ」も同じ意味とされることから、宇賀神はウカノミタマの別の姿、または同じ神であるとする信仰が生まれた。
しかし、『古事記』ではウカノミタマはスサノオとカムオオイチヒメの子として生まれる穀物神であり、人頭蛇身の姿や弁才天との関係は記されていない。宇賀神とウカノミタマの同一視は、神名と食物神としての共通点に基づく後世の解釈である。
宇賀神が蛇の姿で表された背景には、水と稲作の結びつきがある。稲を育てる水は、恵みをもたらす一方、洪水や干ばつによって人々の生活を脅かす力も持つ。水辺に現れる蛇は、その力を支配する水神の使いや、水神そのものとして信仰された。さらに、蛇が蔵や田畑のネズミを捕らえることから、穀物を守る神とも考えられた。
食物を意味するウカと、水や穀物を守る蛇の信仰が結びついたことで、宇賀神は五穀豊穣をもたらす神となった。豊かな収穫は財産や商売の繁栄にもつながるため、農業神から福徳神、財宝神へと神格を広げていったのである。

出典・参考:『古事記』、國學院大學 古典文化学事業「宇迦之御魂神」、『日本民俗大辞典』



弁才天と習合した宇賀弁財天
弁財天は、古代インドの河川神サラスヴァティーに由来する仏教の尊格である。水、言葉、音楽、知恵を司る弁才天として日本へ伝わり、のちに財宝をもたらす神として弁財天とも表記されるようになった。
水と深く関わる弁才天は、中世になると蛇の姿を持つ宇賀神と習合した。こうして成立したのが宇賀弁才天、または宇賀弁財天である。宇賀弁才天像には、女神の頭上に鳥居を置き、その中や上に老人の顔を持つ小さな蛇神を載せた姿がある。この頭上の蛇神が宇賀神である。
宇賀神が持つ穀物、農業、生命力の神格と、弁才天が持つ水、技芸、福徳の神格が合わさり、宇賀弁財天は五穀豊穣、財宝、商売繁盛、技芸上達、延命長寿などを授ける神仏となった。仏教の尊格と日本の神が一体となった、神仏習合を象徴する姿の一つである。
ただし、宇賀神と弁才天は最初から同じ存在だったわけではない。弁才天を単独で祀る寺社もあれば、宇賀神を蛇身の神として祀る例もある。宇賀弁財天は、両者が中世以降の信仰の中で重なった姿として区別する必要がある。滋賀県長浜市の竹生島にある宝厳寺などでは、弁才天が福徳をもたらす尊格として厚く信仰されてきた。

出典・参考:宝厳寺公式サイト、奈良国立博物館「宇賀神像」、『国史大辞典』「宇賀弁才天」



銭を洗い福を願う鎌倉の宇賀福神
神奈川県鎌倉市の銭洗弁財天宇賀福神社では、宇賀神と同系統の福徳神である宇賀福神を祀っている。境内の洞窟から湧く銭洗水で金銭を洗うと、福銭となって何倍にも増えると信仰され、多くの参拝者が訪れる。
神社の伝承では、文治元年(1185)の巳の年、巳の月、巳の日、源頼朝の夢に一人の老人が現れた。老人は鎌倉の西北にある谷へ湧く水で神仏を祀れば、天下が平穏になると告げ、自らを宇賀福神と名乗った。頼朝が告げられた場所を探すと清らかな泉があり、社を建てて宇賀福神を祀ったことが神社の始まりとされる。
その後、鎌倉幕府の執権・北条時頼が巳の日にこの水で銭を洗い、一族の繁栄を祈ったと伝えられている。人々もそれにならって銭を洗うようになり、金運や商売繁盛を願う銭洗信仰へ発展した。
宇賀福神は宇賀神と同じ蛇神・福徳神の系統に属し、弁財天とも結びついて信仰されている。しかし、鎌倉の神社では源頼朝の夢に現れた土地固有の神として伝えられており、すべての宇賀神伝承と同一ではない。穀物の豊かさをもたらした宇賀神の福徳は、貨幣経済の発達とともに、金銭や商売を繁栄させる信仰へ広がったのである。

出典・参考:鎌倉市公式観光サイト「銭洗弁財天宇賀福神社」、神奈川県神社庁「宇賀福神社」



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出典文献

民間信仰

ご神徳

五穀豊穣 金運招福

関連する神様

ウカノミタマ 

祀られている主な神社

本別神社
(北海道本別町朝日町5番地1)
福石神社
(静岡県富士宮市元城町19-2)
豊津神社
(愛知県豊川市豊津町釜ノ口75番)
天神社
(福岡県朝倉市小田1690番)
神島神社
(長崎県平戸市猪渡谷町723番)