有名度
前頭総社神社
そうしゃじんじゃ
熊本県熊本市中央区万町2丁目21
熊本県熊本市中央区万町2丁目21

かんたんご利益
- 仕事
- 家庭
総社神社には
「仕事系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
家内安全 商賣繁昌
御祭神
建速須佐之男命 たけはやすさのおのみこと
荒神霊 こうじんのみたま
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
総社神社は熊本県熊本市中央区に鎮座する神社。御祭神は建速須佐之男命、荒神霊の2柱をまつる。
総社神社は万治元年(1658年)、安楽寺の住僧が日光東照大権現と鎮守総社大明神を勧請したことに始まる。当初は安楽寺境内に鎮座し、安楽寺の住僧は他寺の住僧とともに北岡神社の例祭に奉仕していた。
明治時代の神仏分離により安楽寺と分離され、神社として存続した。明治10年(1877年)の西南戦争では安楽寺が焼失して廃寺となったが、総社神社は地域の人々によって守られた。
境内には安楽寺時代から伝わる閻魔大王像があり、人形師・松本喜三郎の作とされる。この像は現在、熊本市五福地域開発センターに保存されている。
また、周辺地域では昭和初期まで「イゴモリ」と呼ばれる正月行事が行われていたほか、祭礼芸能として伝わった「すり鉢舞い」は明治30年頃に中止された後、平成4年(1992年)の風流街浪漫フェスタで復活した。現在の総社神社は北岡神社の飛地境内神社として管理され、万町の氏子地域に鎮座している。
総社神社は万治元年(1658年)、安楽寺の住僧が日光東照大権現と鎮守総社大明神を勧請したことに始まる。当初は安楽寺境内に鎮座し、安楽寺の住僧は他寺の住僧とともに北岡神社の例祭に奉仕していた。
明治時代の神仏分離により安楽寺と分離され、神社として存続した。明治10年(1877年)の西南戦争では安楽寺が焼失して廃寺となったが、総社神社は地域の人々によって守られた。
境内には安楽寺時代から伝わる閻魔大王像があり、人形師・松本喜三郎の作とされる。この像は現在、熊本市五福地域開発センターに保存されている。
また、周辺地域では昭和初期まで「イゴモリ」と呼ばれる正月行事が行われていたほか、祭礼芸能として伝わった「すり鉢舞い」は明治30年頃に中止された後、平成4年(1992年)の風流街浪漫フェスタで復活した。現在の総社神社は北岡神社の飛地境内神社として管理され、万町の氏子地域に鎮座している。
スポンサーリンク
神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
