有名度
前頭大宮神社
おおみやじんじゃ
熊本県山鹿市山鹿196番
熊本県山鹿市山鹿196番

Siwamura(wikipedia CC 表示-継承 3.0)
大宮神社以外にも 山鹿神宮 とも呼ばれます。
かんたんご利益
御祭神
公
主祭神
景行天皇 けいこうてんのう
合殿
阿蘇十二神 あそじゅうにしん
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。他に 「阿蘇系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
大宮神社は熊本県山鹿市に鎮座する神社。御祭神は景行天皇、阿蘇十二神の2柱をまつる。
社格は旧県社。
大宮神社の創建年代は不詳である。社伝によれば、景行天皇が筑紫を巡幸した際、現在の社地である杉山に行宮を営み、周辺の賊を平定した。その後、行宮跡に景行天皇を祀ったことが大宮神社の起源と伝えられている。
景行天皇の一行は、玉名方面から阿蘇へ向かう途中、菊池川を遡って山鹿の火の口、現在の宗方付近に着岸したと伝わる。その際、濃霧が立ちこめたため、里人がたいまつを掲げて一行を杉山へ導いた。この故事は山鹿燈籠の起源として伝承されている。
延久4年(1072年)、菊池則隆は阿蘇十二神を勧請して合祀し、田地36町歩を寄進した。以後、大宮神社は山鹿の鎮守として歴代領主や地域住民の崇敬を受けた。
応永年間(1394~1428年)には菊池氏が祭礼の式法を改め、さまざまな燈籠が奉納されたと伝わる。宝永・正徳年間(1704~1716年)には燈籠細工がさらに発展し、現在の山鹿燈籠祭へとつながる祭礼の形が整えられていった。
社殿はたびたび災害に見舞われた。天文6年(1537年)に焼失し、永禄12年(1569年)に山鹿城主山鹿彦次郎重安が再建した。明暦3年(1657年)には野火によって再び焼失し、万治2年(1659年)に肥後藩主細川綱利が再建した。さらに宝暦5年(1755年)の大風で倒壊したため、翌宝暦6年(1756年)に細川重賢が本殿、拝殿、楼門を再建した。
現在の楼門は宝暦6年(1756年)の再建によるもので、天井には十二支の方位絵図が描かれている。本殿も同時期の建築であり、拝殿は昭和18年(1943年)の県社昇格を記念して新築された。旧拝殿は移築され、現在は神楽殿として使用されている。
境内には昭和16年(1941年)に皇紀2600年を記念して建立された大鳥居が立つ。また、八坂神社、足手荒神、生目神社、地主神社などの境内社が鎮座する。猿田彦大神の石碑49基も並び、享保18年(1733年)建立のものから明治32年(1899年)建立のものまで残されている。
燈籠殿には奉納された山鹿燈籠が展示されているほか、御神宝である三十六歌仙絵馬額の実物大写真パネルも公開されている。三十六歌仙絵馬額は、藤原公任が選んだ三十六歌仙を江戸時代の絵師土佐光起が描いたものである。
例祭である山鹿燈籠祭は毎年8月15日と16日に行われる。16日には献幣祭、上がり燈籠、下がり燈籠などの神事が執り行われ、奉納踊りや千人燈籠踊り、松明行列などの行事も開催される。また、八坂神社の例祭であるぎおん祭は毎年6月15日に行われ、犬子ひょうたんや笹守りが授与されている。
社格は旧県社。
大宮神社の創建年代は不詳である。社伝によれば、景行天皇が筑紫を巡幸した際、現在の社地である杉山に行宮を営み、周辺の賊を平定した。その後、行宮跡に景行天皇を祀ったことが大宮神社の起源と伝えられている。
景行天皇の一行は、玉名方面から阿蘇へ向かう途中、菊池川を遡って山鹿の火の口、現在の宗方付近に着岸したと伝わる。その際、濃霧が立ちこめたため、里人がたいまつを掲げて一行を杉山へ導いた。この故事は山鹿燈籠の起源として伝承されている。
延久4年(1072年)、菊池則隆は阿蘇十二神を勧請して合祀し、田地36町歩を寄進した。以後、大宮神社は山鹿の鎮守として歴代領主や地域住民の崇敬を受けた。
応永年間(1394~1428年)には菊池氏が祭礼の式法を改め、さまざまな燈籠が奉納されたと伝わる。宝永・正徳年間(1704~1716年)には燈籠細工がさらに発展し、現在の山鹿燈籠祭へとつながる祭礼の形が整えられていった。
社殿はたびたび災害に見舞われた。天文6年(1537年)に焼失し、永禄12年(1569年)に山鹿城主山鹿彦次郎重安が再建した。明暦3年(1657年)には野火によって再び焼失し、万治2年(1659年)に肥後藩主細川綱利が再建した。さらに宝暦5年(1755年)の大風で倒壊したため、翌宝暦6年(1756年)に細川重賢が本殿、拝殿、楼門を再建した。
現在の楼門は宝暦6年(1756年)の再建によるもので、天井には十二支の方位絵図が描かれている。本殿も同時期の建築であり、拝殿は昭和18年(1943年)の県社昇格を記念して新築された。旧拝殿は移築され、現在は神楽殿として使用されている。
境内には昭和16年(1941年)に皇紀2600年を記念して建立された大鳥居が立つ。また、八坂神社、足手荒神、生目神社、地主神社などの境内社が鎮座する。猿田彦大神の石碑49基も並び、享保18年(1733年)建立のものから明治32年(1899年)建立のものまで残されている。
燈籠殿には奉納された山鹿燈籠が展示されているほか、御神宝である三十六歌仙絵馬額の実物大写真パネルも公開されている。三十六歌仙絵馬額は、藤原公任が選んだ三十六歌仙を江戸時代の絵師土佐光起が描いたものである。
例祭である山鹿燈籠祭は毎年8月15日と16日に行われる。16日には献幣祭、上がり燈籠、下がり燈籠などの神事が執り行われ、奉納踊りや千人燈籠踊り、松明行列などの行事も開催される。また、八坂神社の例祭であるぎおん祭は毎年6月15日に行われ、犬子ひょうたんや笹守りが授与されている。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
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神紋
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出典
公式サイト
http://oomiya.pigboat.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%B1%B1%E9%B9%BF%E5%B8%82)
http://oomiya.pigboat.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%B1%B1%E9%B9%BF%E5%B8%82)
