手取菅原神社 - 神社ファン

有名度

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手取菅原神社

てとりすがわらじんじゃ

熊本県熊本市中央区上通町5番34号

熊本県熊本市中央区上通町5番34号

かんたんご利益

  • 学業
  • 安全
  • 厄除
手取菅原神社には

「学業・技芸系」「安全系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

学問の神 書道の神 厄除けの神 火除けの神

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

天満・天神系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

手取菅原神社は熊本県熊本市中央区に鎮座する神社。御祭神は菅原道真公の1柱をまつる。
手取菅原神社の創祀は、後光明天皇の御代にあたる承応年間(1652~1655年)と伝えられる。手取被分町に居住していた肥後藩士・平井勘右衛門正恒は、かねてより天満宮を篤く崇敬していた。ある夜、菅原道真公が夢に現れ、自らが邸内の井戸にいることを告げたという。翌朝、平井勘右衛門正恒が井戸を調べたところ、井戸の底から尺余の天神尊像を得たため、一宇を建立して祀ったのが神社の起こりとされる。
宝永5年(1708年)3月、平井家が大火に遭い、神祠も焼失した。その後、近くの鎮護山長安寺の境内にあった梅の木から夜ごと光が放たれるようになり、寺僧がその場所を調べたところ、天神尊像が現れたという。平井氏や信徒たちは尊像を元の場所へ戻すことも考えたが、そのまま長安寺境内に鎮祭されることとなった。
さらに70余年後の安永7年(1778年)7月28日には再び大火が発生し、長安寺の伽藍は焼失したが、神祠は類焼を免れたと伝えられる。
明治初年の神社区画改正により、手取菅原神社は熊本五小区の氏神社に定められた。大正年間には市内幣饌料供進神社に指定されている。昭和20年(1945年)7月1日の熊本大空襲では、社殿は戦災を免れた。
昭和初期までは、毎年1月25日の初天神祭に際し、道真公が出現したと伝わる井戸の若水が神前に供えられていた。平成14年(2002年)10月25日には菅公壱千百年大祭が斎行されている。
境内には、明治35年(1902年)3月22日に建立された石鳥居が残る。また、菅原道真公御神詠歌碑や、徳富蘇峰による菅公顕彰詩碑、皇紀2600年紀念詩碑が建てられている。境内の汗かき地蔵堂は、かつてこの地に長安寺があったことを伝える遺構の一つである。
年間の祭事としては、1月1日の歳旦祭、1月25日の初天神、4月24日の春季大祭前日祭、4月25日の春季大祭、6月30日の夏越の大祓、10月24日の例祭前日祭、10月25日の例祭献幣祭、12月31日の大祓・除夜祭が執り行われる。春季大祭と例祭では、うそかえ神事が行われている。
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出典
公式サイト
http://www.tetori-tenjin.com/