小茂田浜神社 - 神社ファン

有名度

前頭

小茂田浜神社

こもたはまじんじゃ

長崎県対馬市厳原町小茂田742番

長崎県対馬市厳原町小茂田742番

鳥居

Ackeyyama(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

ご利益

国家の平和を護る

御祭神

対馬目代右馬允宗助国公 つしまもくだいうまのじょうそうすけくにこう

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

小茂田浜神社は長崎県対馬市に鎮座する神社。御祭神は対馬目代右馬允宗助国公の1柱をまつる。
社格は旧県社。
文永11年(1274)10月5日、元・高麗連合軍が対馬西南海岸の佐須浦へ襲来した。対馬の守護代であった宗助国は主従80騎を率いて迎え撃ったが、小茂田浜の戦いで戦死した。小茂田浜神社は、宗助国公とともに戦った将士の霊をまつる神社である。
宗助国の戦死後、村人は戦地に小祠を建ててその霊をまつった。首塚と胴塚もこの頃に築かれたと伝えられ、神社は古く「軍大明神」と称された。
正平2年(1347)4月、宗助国の後裔である宗経茂が社を現在地へ遷し、神領を寄進した。以後、宗家の祭祀が行われるようになり、「帥大明神社」または「軍大明神社」と称された。
元禄年間(1688~1704)には宗義真が神門と石碑を建立し、寛政年間(1789~1801)からは宗氏による祭典が毎年執行された。明治15年(1882)には県社に列し、明治29年(1896)には宗助国に従三位が追贈された。
大正13年(1924)の元寇650年に際して鳥居と記念碑が建立され、昭和49年(1974)には元寇700年記念碑が建てられた。令和2年(2020)には元寇750年を記念して宗助国公騎馬像が建立され、参道の整備も行われた。
本殿は流造で、境内には元寇絵馬、助国忌之石碑、元寇750年宗助国公騎馬像、元寇700年平和之碑、650年祭記念碑、小茂田浜の歌之石碑などがある。また周辺には、宗助国らを弔う御首塚と御胴塚が残されている。
例大祭は毎年11月第2日曜日に斎行される。かつては11月12日に行われていた。祭礼では鎧武者の行列が小茂田浜へ向かい、御旅所で神事や弓射りが執り行われる。海辺では武士大将が采配を振るい、太鼓とともに元寇当時の戦いをしのぶ神事が行われる。祭典では命婦の舞、浦安の舞、海幸式、鳴弦の儀、奉納相撲、蒙古太鼓の演奏なども奉納され、まめ餅は祭礼の名物として伝えられている。
  • 県社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E8%8C%82%E7%94%B0%E6%B5%9C%E7%A5%9E%E7%A4%BE