新年初祈祷初神楽・歩射祭・宵のまつり・例祭・流鏑馬・お火たき祭 | 武雄神社 - 神社ファン

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武雄神社

たけおじんじゃ

佐賀県武雄市武雄町大字武雄5335

新年初祈祷初神楽・歩射祭・宵のまつり・例祭・流鏑馬・お火たき祭

更新日:2026年1月3日

新年初祈祷初神楽

「新年初祈祷初神楽」は、1月1日の午前0時から始まる新年を告げる行事です。11時からは「元旦祭」が斎行。12時からは「塚崎太鼓奉納」が行われます。

歩射祭(びしゃまつり)

五穀豊穣の祈願と年占いをする、県内最古の神事です。起源となる神事が行われたのは735(天平7)年、旧暦の1月17日のこと。祠が御船山の南嶽から北麓に遷座され、初代宮司が猪牝牡2頭・野兎1羽・鵠鳥2羽をお供えし、遷座祭を斎行しました。神事斎行後、本殿の鬼門(北東)に設けた大的に、6本の矢を奉射したと伝えられています。
天平の時代から1,200年以上も続く神事は、毎年2月17日に斎行されています。神事のあと、2人の氏子が裏鬼門(南西)に設けた大的に6本の矢を奉射。奉射が終わると、お供えした猪肉で作った天平汁が参拝者に振る舞われます。また兎の毛は抜き取られ、お守りとして授与されます。兎の毛は神棚にお供えし、残り毛を財布に入れるなど肌身離さず大切にすると、一年の間無病息災で過ごせるといわれています。

宵のまつり(エイトウ)

10月22日に行われる例祭の前夜祭です。心字の池から飛び立った白鷺の守護を受け勝利した源頼朝公は、1186(文治2)年の例祭前夜、後鳥羽天皇の勅使と名代の御家人を武雄神社に遣わせ、数々のお供えをしました。その際、空の唐櫃を青竹で叩きながら「エイトウ エイトウ」と囃し、無病息災を祈願したといわれています。
甘久(あまぐ)地区に継承されたこの行事は、19時頃に始まります。装束を身に着けた多くの人々は甘久地区から武雄神社へ。本殿で神事が行われたあとには、境内で荒踊が奉納されます。また当日は、恒例の「市民綱引大会」など、さまざまなイベントが開催されます。

例祭

「武雄くんち」ともいわれる、1年で最も重要な祭典です。現在は10月23日に行われていますが、古来は旧暦の9月23日に斎行されていました。神事斎行後、下宮まで神輿が渡御する「御神幸渡御」が行われます。

流鏑馬

1186(文治2)年、源頼朝の命を受けた後鳥羽天皇の勅使と、名代の御家人が武雄神社に参拝した際、2代佐賀藩自治領武雄領主・後藤宗明公が歓迎の意を表し、流鏑馬を奉納したことに始まります。当日は午前中の「流鏑馬行列(上り馬)」から始まり、「流鏑馬神事」「馬場見せ」「奉射」「流鏑馬行列(下り馬)」と続きます。
一ノ鳥居から下ノ宮へ続く流鏑馬馬場の長さは140間(255m)。疾走する馬上から3つの的に矢が射られると、観客から歓声が上がります。
流鏑馬馬場の近くには射手塚があります。戦国時代、落馬した射手は武門の恥として切腹しなければなりませんでした。塚には落馬した射手がお祀りされています。

お火たき祭

12月5日に行われます。19時30分から御神前で「火鑚の儀」が行われ、20時になると境内のお山に御神火が点火。参拝者は持参したお守りや御札を焼納し、御神火にあたりながら罪や穢れを祓い、1年間無事に過ごせたことを感謝し、次の一年の幸せを願います。

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