鏡神社 佐賀県 - 神社ファン

有名度

前頭

鏡神社

かがみじんじゃ

佐賀県唐津市鏡1827

佐賀県唐津市鏡1827

一ノ宮

STA3816(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 学業
  • 子供
  • 厄除
  • 勝負
鏡神社には

「学業・技芸系」「子供系」「厄除・開運系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

武運長久 勝運 開運 聖母 子宝 安産 文武両道 魔除け 悪縁退散 心願成就 歌舞音曲

御祭神

一ノ宮

二ノ宮

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(2柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

鏡神社は佐賀県唐津市に鎮座する神社。御祭神は息長足姫命、藤原廣嗣朝臣の2柱をまつる。
社格は旧県社。
鏡神社の一ノ宮は、社伝によれば仲哀天皇9年(200年頃)の創建とされる。神功皇后が新羅へ向かう際、七面山(現在の鏡山)に登って天神地祇をまつり、戦勝を祈願したところ、山頂に夜ごと霊光が現れたという。神功皇后はその後、韓の国へ出帆したと伝えられる。
凱旋後、神功皇后は土地の人々から山頂の霊光について聞き、自らの御鏡を奉納したとされる。これにより村は鏡村、山は鏡山と呼ばれるようになったと伝わる。また、神功皇后は帰朝後に応神天皇を出産したとされ、鏡神社では息長足姫命を祭神としてまつっている。
二ノ宮は天平17年(745年)の創建と伝えられる。祭神の藤原廣嗣朝臣は、藤原不比等の孫で藤原宇合の長男にあたり、大宰少弐として九州に赴任した人物である。天平12年(740年)、藤原廣嗣は兵を挙げたが敗れ、松浦の浜で斬首された。その後、勅命によって霊を慰めるための社が建立され、大明神の号が贈られたと伝わる。
鏡神社は古く、一ノ宮を鏡宮、松浦宮、松浦明神、鏡明神などと称し、二ノ宮を鏡尊廟宮、松浦廟宮、板櫃社、御霊社などと称した。平安時代には『源氏物語』玉鬘の巻に「松浦なる鏡の神」が詠まれている。
境内には一ノ宮と二ノ宮の本殿が並び、源氏物語ゆかりの歌碑、龍神水、五宝檜、梅苑、宮ノ原などがある。社宝の絹本着色楊柳観音像は国の重要文化財に指定されており、明徳2年(1391年)に僧良賢が寄進したことが銘文から知られる。鏡神社では現在も楊柳観音菩薩が神道形式でまつられている。
年間を通じて歳旦祭、春季例大祭、雛供養祭、夏越祭、秋季例大祭、藤原御祭、大祓式・除夜祭などの祭礼が執り行われている。
  • 県社
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://kagami.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8F%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%94%90%E6%B4%A5%E5%B8%82)