有名度
関脇宮地嶽神社
みやじだけじんじゃ
福岡県福津市宮司元町7-1
三番社・不動神社
更新日:2025年7月22日
災いや厄を除く不動神社
二番社・稲荷神社を通り過ぎ、階段を上った先には三番社・不動神社が鎮座しています。

Saigen Jiro (wiki CC0)石室が開口したのは、1741年の江戸時代中期です。大雨の影響で起こった土砂崩れがきっかけでした。その後1747年に、石室奥に不動尊を奉斎したと伝わります。
昭和時代には、副葬品が複数回出土し、また1937年(昭和12年)、1996年(平成8年)には石室実測調査が実施されました。
古墳からは馬具類、刀装具、緑に輝く瑠璃玉やガラス板など約300点にのぼる埋蔵物が発見され、うち20点が国宝に指定されています。特に金銅製透彫龍文冠や金銅製壺鐙などの黄金を使った品々や、オリエントから伝わったと考えられる唐草模様の遺物が注目されます。これらの出土品の価値の高さから「地下の正倉院」と呼ばれ、当時この地を治めていた有力氏族の繁栄を今に伝えています。

「三つの日本一」の原点
宮地嶽神社が誇る「三つの日本一」の原点は、この不動神社にあります。「日本一」の規模を誇る石室と、そこから出土した「日本一」の豪華な副葬品の数々、これらがきっかけとなり「日本一の大太鼓」「日本一の大鈴」が奉納されました。さらに地域の人々の想いを込めて「日本一の大注連縄」が作られました。このように不動神社は、宮地嶽神社の「日本一」の始まりであり、宮地嶽神社の歴史を語る上で重要な意味を持つ場所です。

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