矢留大神宮 - 神社ファン

有名度

前頭

矢留大神宮

やどみだいじんぐう

福岡県柳川市矢留字宮籠25番27番

福岡県柳川市矢留字宮籠25番27番

拝殿

663highland(wikipedia CC 表示 2.5)

矢留大神宮以外にも 大神宮 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
矢留大神宮には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

その他 仕事

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

伊勢・神明系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

矢留大神宮は福岡県柳川市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神の1柱をまつる。
社格は旧村社。
矢留大神宮の由緒は、柳川市沖端地区に伝わる平家落人伝説と深く結び付いている。
伝承によれば、1185年の壇ノ浦の戦いで平家が滅亡した後、難波善長、加藤藤内、浦川天ヶ左衛門、鳴神藤助、是永多七、若宮兵七の6名が肥後方面へ落ち延び、のちに柳川の沖端へ移り住んだとされる。この6名は騎馬武者であったことから「六騎」と呼ばれ、その名が地域に伝えられてきた。
六騎は沖端で漁業に従事したと伝えられている。さらに、立花宗茂が柳川城へ復帰した後には有明海の漁業権を得たとされ、沖端では漁業者を「六騎」と呼ぶ風習が残ったという。
矢留大神宮の創建は応永2年(1395年)11月15日と伝えられる。六騎の一人が産土神を祀ることを願い伊勢へ参詣した際、半鏡を授かったという。その後、矢留の地からもう半分の鏡が発見され、伊勢から持ち帰った半鏡と合わせると一つの鏡になったため、天照皇大神を奉祀したと伝えられている。
こうして創建された矢留大神宮は、地域の人々の信仰を集めながら受け継がれてきた。明治30年(1897年)10月には境内に六騎神社が創建され、壇ノ浦の戦いの後に当地へ伝わったとされる六騎の人々が祭神として祀られた。
現在の矢留大神宮は、白秋詩碑苑の東側、掘割に囲まれた柳川らしい景観の中に鎮座している。周辺には北原白秋生家・記念館や白秋詩碑苑があり、水郷柳川の歴史と文化を感じられる地域に社地を構えている。境内には本殿や拝殿のほか六騎神社も鎮座し、地域の歴史を今に伝えている。
祭事としては、毎年11月15日に矢留大神宮と六騎神社の大祭が執り行われると伝えられており、長く地域の年中行事として受け継がれている。
  • 村社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E7%95%99%E5%A4%A7%E7%A5%9E%E5%AE%AE