綱敷天満宮 築上郡築上町 - 神社ファン

有名度

前頭上位

綱敷天満宮

つなしきてんまんぐう

福岡県築上郡築上町高塚794-2

😞 🙁 😐 🙂 😄

福岡県築上郡築上町高塚794-2

拝殿

910MoLT(wikipedia CC 表示 3.0)

かんたんご利益

  • 学業
綱敷天満宮には

「学業・技芸系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

学問の神

御祭神

菅原道真 すがわらのみちざね

神社系統

この神社の主な系統は

「天満・天神系」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

綱敷天満宮は福岡県築上郡築上町に鎮座する神社。御祭神は菅原道真の1柱をまつる。
社格は旧県社。
昌泰4年(901)、菅原道真は大宰権帥として大宰府へ向かう途中、風波に遭い、高塚の浜へ漂着したと伝えられる。このとき八田・小原の人々が道真を助け、船の綱を円座のように敷いて席を設けたという。この故事から「綱敷」の名が伝えられている。
道真の没後、高塚には道真を祀る祠が設けられた。天暦9年(955)には国府の命によって社殿が造営され、綱敷天満宮と称するようになったと伝えられている。
綱敷天満宮は、もとは袖湊の入海の近くに鎮座していたと伝えられる。その後、たびたび兵火に遭って社地を移し、慶長元年(1596)に僧正円によって現在地に再興された。
江戸時代には小倉藩主小笠原氏の保護を受け、宝剣や太刀のほか、和歌や連歌が奉納された。現在まで伝わる「西山宗因筆連歌懐紙」や「小笠原家奉納和歌集及び連歌懐紙」も、この時代に奉納されたものである。
綱敷天満宮から約2km南には、菅原道真が休息したと伝えられる天神原がある。かつて天神原には菅原神社が建立されていたが、後に金富神社へ合祀された。明治42年(1909)には旧跡に「菅公舊蹟之碑」が建立された。湊地区では現在も道真の命日にあたる2月25日に天神祭が行われている。
近代社格制度では大正10年(1921)10月に県社に列格した。
綱敷天満宮には福岡県指定文化財が複数伝来する。「紙本著色怒天神像」「西山宗因筆連歌懐紙」「小笠原家奉納和歌集及び連歌懐紙」は、いずれも昭和41年(1966)11月15日に福岡県の文化財に指定された。「西山宗因筆連歌懐紙」には「賦初何連歌百韻」「浜宮千句」、「小笠原家奉納和歌集及び連歌懐紙」には「浜宮聖廟法楽詠五十首和歌」「夢想之連歌百韻」「聖廟之法楽百韻」が含まれる。
境内には菅原道真にちなむ約1000本の梅が植えられ、開花期には梅まつりが行われる。夏越祭では茅の輪くぐりが行われ、築上町指定無形民俗文化財の高塚楽が奉納される。高塚楽は五穀豊穣と雨乞いを祈願する芸能で、安政2年(1855)の『高塚村御楽鉦歌控』が残されている。このほか、初天神祭、神幸祭、9月の例祭、新嘗祭などが行われている。
  • 県社
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神社詳細

摂末社・境内社

境内社 浜の宮稲荷社
祭神不明
境内社 貴船神社
祭神不明
境内社 白山神社
祭神不明
境内社 祇園社
祭神不明
境内社 神社名不明
祭神不明

例祭

しいだ梅祭り 梅の開花最盛の頃

文化財

紙本著色怒天神像
福岡県 有形民俗文化財
文化財種別不明 昭和41年11月15日指定
西山宗因連歌懐紙
福岡県 有形民俗文化財
文化財種別不明 昭和41年11月15日指定
小笠原家奉納和歌集及び連歌懐紙
福岡県 有形民俗文化財
文化財種別不明 昭和41年11月15日指定

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B6%B1%E6%95%B7%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE_(%E7%AF%89%E4%B8%8A%E7%94%BA)
福岡県
https://www.fukuoka-bunkazai.jp/