摂社 巻尾神社 | 香椎宮 - 神社ファン

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摂社 巻尾神社

更新日:2026年7月28日

仲哀天皇や神功皇后に仕えた家臣を祀る摂社

本殿裏手の御神木・香椎の近くに鎮座する巻尾神社(まきおじんじゃ)は、香椎宮の摂社です。御祭神は、仲哀天皇や神功皇后に仕えた五大臣の一人である中臣烏賊津大連命(なかとみのいかつおおむらじのみこと)です。本殿にほど近い場所にまつられていることからも、香椎宮にとって重要な神であることがうかがえます。古くから香椎宮を守護する神として崇敬され、明治11(1878)年に正式に摂社へ列せられました。例祭は毎年7月8日に執り行われています。
巻尾神社 鳥居と社殿
中臣烏賊津大連命は、神功皇后の三韓征伐に際し、香椎の地の守護を命じられた人物と伝えられています。神功皇后が遠征へ赴く間、香椎の地を守護するという重要な役目を担ったことから、その忠誠心と功績が高く評価されました。また、香椎宮の宮司家の一つである三苫家(みとまけ)の祖先神であるとともに、中臣氏の祖先神としても知られています。香椎宮の祭祀を長年支えてきた社家ゆかりの神として、現在も大切にまつられています。
三苫家の名の由来には、神功皇后と中臣烏賊津大連命にまつわる伝承が残されています。ある日、二人が船で航海中に激しい嵐に遭った際、船に積まれていた三枚の苫を海へ投げ入れ、「嵐が鎮まれば、この苫が流れ着いた場所に神社を建ててまつる」と祈願したところ、たちまち嵐が静まったと伝えられています。その後、苫が流れ着いた地は「三苫」と呼ばれるようになりました。
巻尾神社 社殿
さらに時代が下った平安時代初期、西暦800年ごろに京都から下向した和気重春は、中臣烏賊津大連命の子孫とされ、香椎宮の神領であった三苫郷を与えられたことから姓を「三苫」と改めたと伝えられています。これが香椎宮の社家として続く三苫家の起源とされています。
武芸に優れていたと伝わる中臣烏賊津大連命にちなみ、巻尾神社は勝負運向上や武芸上達のご利益で知られています。スポーツの試合や受験、仕事など大切な勝負事を控えた人々からも信仰を集めています。本殿の裏手に静かに鎮座する摂社ですが、香椎宮の歴史や社家の由緒を今に伝える重要な神社として、本殿とあわせて参拝したい見どころの一つです。

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