石穴神社 - 神社ファン

有名度

前頭

石穴神社

いしあなじんじゃ

福岡県太宰府市石坂2丁目13−1

福岡県太宰府市石坂2丁目13−1

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 学業
  • 厄除
  • 家庭
石穴神社には

「健康系」「仕事系」「学業・技芸系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

五穀豊穣 家内安全 商売繁盛 学業成就 万病平癒 芸道上達 開運招福 祈願成就

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

稲荷系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

石穴神社は福岡県太宰府市に鎮座する神社。御祭神は石穴稲荷大明神の1柱をまつる。
石穴神社に関する詳しい文献や史料の多くは焼失しており、明治年間の由緒書や信者の家々に伝わる伝承が残されている。それらによれば、昌泰4年(901年)に菅原道真公が大宰権帥として太宰府へ下向した際、道真公を守護して京都からともに来た神を祀ったことが始まりと伝えられている。
境内の奥宮には巨石群が残り、古くからの磐座信仰の場として伝えられてきた。奥宮周辺には現在も巨岩が点在し、石穴神社の信仰を語る上で欠かせない場所となっている。
江戸時代から近代にかけては博多商人をはじめ多くの人々の崇敬を集めた。旧暦2月の初午大祭には太宰府や博多だけでなく、糸島や糟屋郡などからも参詣者が訪れ、博多の券番の芸妓衆も参拝したと伝えられている。明治以降は信仰圏が広がり、東京を含む各地の信者からも崇敬を受けた。
幕末には三条実美公にまつわる伝承が残る。太宰府の延寿王院に滞在していた三条実美公は、大切な太刀を紛失した際に石穴稲荷で祈願を行った。その後太刀が見つかり、御礼として幣帛を奉納したと伝えられている。三条実美公が奉献した唐櫃は現在も神社に伝わる。
昭和31年(1956年)には横綱千代の山が参拝し、膝のけがの回復と翌場所の必勝を祈願した。翌年の初場所で全勝優勝を果たした後、「石穴稲荷神社」と染め抜いた朱色の大幟幡一対を奉納している。
現在も1月1日の歳旦祭と新年祈願、旧暦初午に近い日曜日の初午大祭、11月23日の秋季大祭と火焚神事が執り行われている。境内には梅や桜、しゃくなげ、つつじ、うばゆり、紅葉などが植えられ、四季折々の景観を楽しむことができる。
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神社詳細

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