神宝館 | 宗像大社 辺津宮 - 神社ファン

有名度

関脇

宗像大社 辺津宮

むなかたたいしゃ へつぐう

福岡県宗像市田島2331

神宝館

更新日:2026年2月20日

宗像大社の宝物を収蔵する施設

宗像大社辺津宮の境内、拝殿左奥に位置する神宝館は、1980年(昭和55年)に建築された施設です。「海の正倉院」とも称される沖ノ島から出土した奉献品をはじめ、宗像大社が所有する多数の考古遺物・古文書・美術工芸品を収蔵・研究する目的で作られました。
神宝館
館内では、古代から続く宗像三女神への信仰の歴史に関する資料と共に、沖ノ島で発見された約8万点の奉献品を中心に展示しています。これらの沖ノ島出土品は、古代東アジアの交流と祭祀を物語る物証として、すべてが国宝に指定されている貴重なものです。
館内は3階建てで、1階には木造狛犬・石造狛犬・阿弥陀経石(いずれも国重要文化財)、2階には沖津宮祭祀遺跡出土品(国宝)、3階には宗像神社文書(国重要文化財)などが展示されています。これらの展示品のなかから、主なものをご紹介させていただきます。

金銅製龍頭

まずひとつ目は、金銅製龍頭です。沖ノ島の5号遺跡から一対で出土した、龍の頭部をかたどった飾金具です。鋭い眼と大きく開いた鳥の嘴状に尖った分厚い唇を持つデザインが特徴で、6世紀中頃の中国東魏の様式とされています。
金銅製龍頭Tsuyoshi chiba(wikipedia CC 表示-継承 4.0)
長さはそれぞれ19.5センチと20.0センチあり、湾曲しながら後ろへ伸びる頭角も備えています。外見は似ていますが、歯の数などに違いが見られるのが特徴です。内部は空洞で、後部は筒状となっており左右に目釘用の穴があります。また、上下の唇の間には鉄心の残る小さな穴が確認できます。
敦煌莫高窟(中国甘粛省)の隋代・唐代の壁画には、龍頭を棒の先端に取り付け、口から幡や天蓋を吊るす様子が描かれています。これは金銅製龍頭の実際の用途を示す貴重なものです。また形状については、天龍山石窟群(中国山西省)の東魏時代の仏龕に彫られた龍の頭部と非常に類似しています。

奈良三彩小壺

複数色を用いた施釉陶器の奈良三彩小壺も見どころのひとつです。沖ノ島の1号遺跡から出土したたおやかな薬壺形の小壺であり、蓋5点、身12点が発見されています。
奈良三彩小壺Tsuyoshi chiba(wikipedia CC 表示-継承 4.0)
奈良三彩は8世紀の奈良時代に作られた多彩釉陶器で、朝鮮半島南部の影響による緑釉陶器の技術に中国唐三彩の技術が加わって誕生しました。白土胎土を用いた素焼きの素地に、透明の白釉、緑釉、褐(黄)釉の3色の鉛釉をかけて低温で再焼成したものです。緑・褐・白色の三彩や緑・白色の二彩があります。胴径は6.1から7センチです。
奈良三彩は数が限られた貴重な遺物で、平城京周辺の官営工房で製作され、主に国家的な儀式や貴族の宗教行事で使用されていました。沖ノ島以外にも、渡海の重要航路沿いにある岡山県大飛島や三重県神島の祭祀遺跡、宗像市大島の大島御嶽山遺跡からも出土しており、航海の安全を祈る国家祭祀のために中央で焼かれて配布されたものと考えられています。

金銅製高機

金銅製高機は、沖ノ島の4号遺跡から出土したと伝わる精巧なミニチュア織機です。その構造は機台を持つ「地機」の形態で、足の操作で経糸の開口を行う仕組みになっています。とても精密に作られており、各部品も揃っているため実際に織ることが可能です。古代の織機を今に伝える最も古い資料として極めて価値が高く、伊勢神宮の神宝にも同様の織機が伝わっています。
また、この金銅製高機には興味深い伝説が残されています。初代福岡藩主・黒田長政は沖ノ島の神宝の噂を聞き、家臣たちに持ち帰るよう命じました。しかし島の禁忌を恐れて誰も従わなかったため、長政は博多のキリシタンに「金の機物」などの宝を持ち帰らせたと伝わります。その後、城内の倉で宝物が共鳴し光が飛び出すといった「たたり」が起こったため、長政は宝を島に返還しました。
この逸話は、沖ノ島の禁忌に関する最古の文献記録です。現在神宝館に収蔵されている金銅製高機は、この時に一度持ち出され、後に返還された品である可能性があるとされています。

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