秦神社 - 神社ファン

有名度

前頭

秦神社

はだじんじゃ

高知県高知市長浜857-1

高知県高知市長浜857-1

鳥居と拝殿

Reggaeman(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

御祭神

主祭神

長宗我部少将元親霊 ちょうそかべしょうしょうもとちかのみたま

付祭神

秦家代々霊 はたけだいだいのみたま

付祭神

家臣忠死の徒霊 かしんしゅうしのじゅうれい

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「不明(2柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

秦神社は高知県高知市に鎮座する神社。御祭神は長宗我部少将元親霊、秦家代々霊、家臣忠死の徒霊の3柱をまつる。
社格は旧県社。
長宗我部元親は、慶長4年(1599年)5月19日に山城国伏見館で薨去した。遺言により、遺灰は土佐長浜の天甫寺山に埋葬され、菩提寺には高福山慶雲寺、現在の雪蹊寺が定められた。
大坂夏の陣で長宗我部氏は滅亡し、土佐は山内家の治める地となった。山内家は雪蹊寺へ寺領100石を与え、元親への香典とした。寛政9年(1797年)5月には200年法要、嘉永元年(1848年)5月には250年法要が行われている。
明治3年(1870年)、雪蹊寺は廃仏毀釈により廃寺となった。元親の弟・親房の子孫と称する島弥九郎与助らは、土地の有志とともに高知藩庁へ秦神社創建を請願し、同年12月に許可を受けた。
明治4年(1871年)、秦神社は長浜城山麓の旧雪蹊寺跡に創建された。雪蹊寺に安置されていた長宗我部元親木像、長宗我部元親肖像画、戸次川戦没者の霊板、山内忠義奉納の絵馬なども秦神社へ移された。社名の「秦」は、長宗我部氏が秦姓を祖先としたことによる。
明治32年(1899年)5月には元親300年忌祭が行われ、昭和3年(1928年)11月10日には昭和天皇即位大典の日にあわせて長宗我部元親へ正三位が追贈された。平成11年(1999年)には元親没後400年を迎え、若宮八幡宮境内の鎮守の森公園に初陣銅像が建立され、同年12月4日には神仏合同による400年遠忌法要が営まれた。
本殿は流造で、例祭は11月13日、夏祭は7月20日に行われる。
社宝の絹本著色長宗我部元親像は国の重要文化財に指定されている。現在は高知県立歴史民俗資料館へ寄託され、秦神社では複製画が公開されている。
また、高知県保護有形文化財には、木造長宗我部元親坐像と長宗我部信親公忠死御供之衆鑑板が指定されている。
  • 県社
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神社詳細

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出典
公式サイト
http://wakamiya-kochi.com/hada.html
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%A6%E7%A5%9E%E7%A4%BE