伊加奈志神社 - 神社ファン

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伊加奈志神社

いかなしじんじゃ

愛媛県今治市五十嵐上ノ山甲635番

愛媛県今治市五十嵐上ノ山甲635番

鳥居と拝殿

COUNTR(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

御祭神

五柱命 いつはしらのみこと
五十日足彦命 いかたらしひこのみこと
伊迦賀色許男命 いかがしこおのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(3柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

伊加奈志神社は愛媛県今治市に鎮座する神社。御祭神は五柱命、五十日足彦命、伊迦賀色許男命の3柱をまつる。
社格は式内社であり、伊予国総社(論社)、旧村社。
伊加奈志神社の創祀年代は確認されていない。祭神のうち伊迦賀色許男命については、この地へ国造として派遣された物部氏系の一族が祖神として祀ったという説が伝わる。鎮座地である五十嵐の地名についても、伊迦賀色許の名が転じたものとする説がある。
延喜式神名帳には、伊予国越智郡の神社として伊加奈志神社の名が記されている。越智郡に置かれた式内社の一社であり、古くから地域の神社として存在していたことが古記録から確認できる。周辺は古く鴨部郷と呼ばれ、近くを流れる川は総社川、後に蒼社川と呼ばれた。
伊加奈志神社は古くから総社明神とも称されていた。伊予国総社の論社とされるのは、この総社明神という呼称によるものである。総社は、国司が国内の神々をまとめて祭祀するために設けた神社を指すが、伊加奈志神社については論社とされており、総社であったことを断定する資料は確認されていない。
中世の記録では、貞治5年(1366年)12月8日付の浄寂寺文書に伊加奈志神社の記載が見える。南北朝時代には、すでに神社の存在が文書の中で確認できる。
安政5年(1858年)1月19日には火災が発生し、古記録や宝物が焼失したと伝わる。この火災によって古い由緒や創祀に関する資料の多くが失われた。
例祭日は10月10日である。例祭の3日後には、くじ引きによって翌年の祭祀を担当する連中が決められ、その中心となる当屋が祭祀を務める。祭礼では、かまど開きの後に餅をついて神前へ供え、その後、1週間ほどを経てかまどをしまう行事が行われる。
また、八十八夜の前後には、神殿に籠って豊作を祈願する早苗祭も伝わる。伊加奈志神社には、式内社、総社論社、旧村社として伝えられてきた歴史と地域祭祀の習俗が残されている。
  • 村社
  • 式内社(小 論社)
  • 総社(伊予国)
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%8A%A0%E5%A5%88%E5%BF%97%E7%A5%9E%E7%A4%BE