蛭子神社 徳島県徳島市南沖洲 - 神社ファン

有名度

前頭

蛭子神社

えびすじんじゃ

徳島県徳島市南沖洲1丁目2-12

徳島県徳島市南沖洲1丁目2-12

鳥居と拝殿

Sorrysorry(wikipedia パブリック・ドメイン)

かんたんご利益

  • 仕事
蛭子神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

豊漁 商売繁盛 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

えびす系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

蛭子神社は徳島県徳島市に鎮座する神社。御祭神は事代主命の1柱をまつる。
蛭子神社については、『阿州奇事雑話』に、かつて小松島沖にあり、地震によって海中へ没したとされる御瓶千軒にあったと伝える記述が残る。創建年代や詳しい由緒を伝える資料は多くないが、沖洲の地では古くから蛭子信仰が受け継がれてきた。
嘉永7年(1854年)11月5日、安政南海地震が発生した。沖洲蛭子神社の百度石には、この地震の際、人々が竹やぶへ逃げたことや、津波を聞いて船に乗った者の中に助かった者と命を落とした者がいたことが刻まれている。また、船で逃げてはいけないこと、家屋の倒壊後には火災が起きるため火の元に注意すべきことなども記されている。
文久元年(1861年)9月には、氏神の広前に百度石が建てられた。碑文には、大地震は百年ほどのうちに再び同じように起こると聞くため、その教訓を書き残すという趣旨の内容が刻まれている。百度石は参拝のための石標であると同時に、安政南海地震の被害や避難の教訓を後世へ伝える石碑でもある。
境内には沖洲蛭子神社百度石が現存している。百度石は砂岩製で、本体の高さは120cm、残存部の幅は27cm、厚さは26.5cmとされる。平成29年(2017年)10月13日には、安政南海地震を対象とする国登録記念物となった。
この百度石は、とくしま市民遺産にも選定されている。碑文には、津波の際に船で避難してはならないことや、地震後の火災に備えて冷静に火を消すべきことなどが記され、災害の記憶を伝える石碑として現在まで残されている。
スポンサーリンク

神社詳細

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9B%AD%E5%AD%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%BE%B3%E5%B3%B6%E5%B8%82)