桜間神社 - 神社ファン

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桜間神社

さくらまじんじゃ

徳島県名西郡石井町高川原桜間字池田281

徳島県名西郡石井町高川原桜間字池田281

拝殿

岩佐 栄三 (wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 子供
  • 厄除
  • 家庭
桜間神社には

「仕事系」「子供系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

火難除け 安産 夫婦円満 酒造守護

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

浅間・サクヤビメ系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

桜間神社は徳島県名西郡石井町に鎮座する神社。御祭神は木花開耶姫命の1柱をまつる。
社格は式内社。
創建年代は確認できない。桜間神社は阿波国名西郡石井町高川原桜間に鎮座し、境内には桜間の池跡が残る。桜間の池は、応永13年(1406年)成立の『夫木和歌集』に「鏡とも見るべきものを」と詠まれた池として知られる。
桜間神社の創立年代も不詳である。一説に、式内社・麻能等比古神社の論社に擬せられている。創建当初には社殿が存在し、桜間城主・民部太輔成能公が参拝したと伝えられる。延宝3年(1675年)の大洪水によって社殿は流出し、その後は小社となった。
江戸時代後期には、桜間の池はすでに池跡となっていた。阿波藩主・蜂須賀斉昌は池の旧跡を惜しみ、文政11年(1828年)に石碑建立を命じた。石碑に用いられた巨岩は、海部郡由岐浦の海中から引き上げられ、7年をかけて現在地へ運ばれたと伝わる。別資料では、海部郡東由岐の海岸から約75tの巨岩を運搬し、その作業には約6千人が動員されたと記されている。
昭和44年(1969年)9月9日には、「桜間の池跡(石碑)」が徳島県指定史跡に指定された。
  • 式内社(不明)
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%9C%E9%96%93%E7%A5%9E%E7%A4%BE
徳島県神社庁
http://awa-jinjacho.jp/