万倉護国神社 - 神社ファン

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万倉護国神社

まぐらごこくじんじゃ

山口県宇部市大字西万倉496番地

山口県宇部市大字西万倉496番地

かんたんご利益

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

山口県宇部市に鎮座する神社。御祭神は国司信濃藤原親相命、市川守雄直則命ら大東亜戦争まで国難に殉じせられた204柱の英霊をまつる。
万倉護国神社は、慶應3年(1867年)11月、国司家当主であった国司健之助純行によって創設された。創建当初の鎮祭地は、本村西万倉1190番地の「須ばな」と呼ばれる峠の墓地であった。万倉の招魂場は、かつて国司氏の練兵場であった場所に設けられ、「垰招魂社」と称された。
祭神として祀られる国司信濃親相は、禁門の変の責任を負い自刃した人物である。境内には禁門の変で命を落とした万倉の兵士たちの墓標が残されており、近代以降には万倉出身の戦没者も追祀され、現在の護国神社としての形が整えられていった。
明治16年(1883年)には拝殿が新設された。昭和11年(1936年)には明治維新70周年を記念し、拝殿や墓碑の改修が行われている。昭和15年(1940年)11月には社地移転申請が許可され、昭和17年(1942年)4月11日、現在地で遷座祭が斎行された。
現在の境内には200余りの墓碑が立ち、そのうち19基は禁門の変の戦死者に関する墓標である。境内には国司信濃の銅像も建立されており、社殿には国司信濃公の肖像画が飾られている。また、国司公の筆跡による歌碑も伝わる。例祭日は毎年4月12日である。
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://www.az91hp.server-shared.com/
山口県神社庁
http://www.yamaguchi-jinjacho.or.jp/