沼田神社 広島県 - 神社ファン

有名度

前頭

沼田神社

ぬたじんじゃ

広島県三原市沼田東町本市字祇園面

広島県三原市沼田東町本市字祇園面

鳥居

Lumi iori (wikipedia CC 表示-継承 4.0)

沼田神社以外にも 渟田宮 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 厄除
沼田神社には

「健康系」「仕事系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

災難除け 疫病除け 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

祇園・須佐系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

沼田神社は広島県三原市に鎮座する神社。御祭神は須佐之男神、櫛名田比売神の2柱をまつる。
社格は旧郷社。
沼田神社の創建年代は不明である。もとは祇園牛頭天王社と称した。社伝では、かつて当地一帯に疫病が流行したという。真人という住人がその惨状を嘆いていたところ、1人の異人が現れ、1夜の宿を求めた。異人は、宿を貸せば疫病を鎮め、将来の患いも除くと告げ、自らを武塔素戔天王と名乗った。真人が宿を貸すと、異人は翌朝に立ち去る際、渚を干拓して田を開き、沼田川から水を引いて稲を育てるよう告げた。その後、疫病は鎮まり、真人は村人とともに新田を開発し、社殿を造営して武塔素戔天王、すなわち須佐之男神を祀ったと伝えられている。
清和天皇の時代には、天下に疫病が流行した。朝廷から勅使が派遣され、沼田神社で疫病鎮止の祈祷が行われたと伝わる。
朱雀天皇の時代には、鶴山城主の藤原倫実が疫病鎮遏を祈願し、社殿を造営して社領を寄進したとされる。
戦国時代には、小早川隆景が沼田神社に戦勝を祈願し、報賽として社領を寄進したと伝わる。その後、これらの社領は広島藩主福島正則によって没収されたとされる。
元治元年(1864年)5月2日、沼田神社には正一位の神位を授ける宣旨が下された。明治初年には郷社に列し、明治40年(1907年)2月1日には神饌幣帛料供進社に指定された。
例祭は7月11日に行われる。湯立祭は毎年3月第1日曜日に斎行される。7月には祇園祭が行われ、7月第1日曜日の七日祇園祭と、7月第2日曜日の本祇園祭が伝えられている。
三原市指定無形民俗文化財「本市の祇園祭」は、沼田神社と沼田宮祇園祭保存会に関わる民俗芸能である。平成27年(2015年)6月に指定された。祭礼では、鳳凰を飾った御輿や山車が用いられ、七日祇園と祇園大祭の2日程に分けて行われている。
  • 郷社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 入母屋造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%BC%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E4%B8%89%E5%8E%9F%E5%B8%82)