西園神社 - 神社ファン

有名度

前頭

西園神社

にしそのじんじゃ

岡山県倉敷市真備町市場4468

岡山県倉敷市真備町市場4468

本殿

Jidai(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
西園神社には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

その他 仕事 勝負・競技

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

西園神社は岡山県倉敷市に鎮座する神社。御祭神は八幡神の1柱をまつる。
社格は旧村社。
創建は天文9年(1540年)と伝わる。北面武士であった白神右京亮果春は、永正6年(1509年)、足利10代将軍足利義稙の命により備中へ遣わされた親族の上野民部大輔信孝に従ってこの地へ赴き、馬入堂山城の城主となった。その後、住民に請われて帰洛せず当地へ留まり、天文9年(1540年)に石清水八幡宮を勧請し、西園八幡宮を創建したと伝わる。
西園八幡宮は、城および所領の守護神、園庄の産土神として祀られた。元和6年(1620年)には社殿の大増築が行われた。さらに寛文12年(1672年)、正徳元年(1711年)、宝暦12年(1762年)、寛政5年(1793年)、享和3年(1803年)にも増築や修築が行われ、これらに関わる棟札が現存している。
寛文6年(1666年)、第4代岡田藩主伊東長貞が川辺から岡田へ移った後、西園八幡宮は藩主家の氏神として崇敬された。歴代藩主は毎月参詣し、さまざまな寄進を行った。第5代藩主伊東長救は馬具一具を奉納し、幕末期の第10代藩主伊東長トシは弓一張、矢100本、槍2筋、纏2流、絵馬1面などを寄進した。家老の仙石平左衛門定盛は神田1反を寄進し、その孫の仙石平四郎定治は燈籠1基を奉納した。辻田村庄屋の池田半七は燈籠2基と銀20匁を寄進している。
明治維新後、社名は西園神社へ改められ、村社となった。現在も真備町市場、真備町有井の氏神として崇敬を集めている。
本殿は流造である。例祭は毎年10月第4土曜日・日曜日に行われる。夏越祓は7月29日に斎行される。
  • 村社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 流造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%9C%92%E7%A5%9E%E7%A4%BE
岡山県神社庁
https://www.okayama-jinjacho.or.jp/