有名度
前頭玉比め神社
たまひめじんじゃ
岡山県玉野市玉5-1-17
岡山県玉野市玉5-1-17

かんたんご利益
- 子供
- 安全
玉比め神社には
「子供系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
庁
安産 海上安全 航海安全
御祭神
豐玉姫命 とよたまひめのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
玉比め神社は岡山県玉野市に鎮座する神社。御祭神は豐玉姫命の1柱をまつる。
社格は旧村社。
創立年代は不詳である。貞観5年(863年)9月25日成立の『備前国神名帳』総社本には、児島郡11社のうちの1社として「玉比め神社賀茂郷玉村座」と記されている。山本氏本と西大寺本には「児島郡座9社従四位上玉比売明神」、神上金剛寺本には「児島郡11社正四位上玉比め明神」と記載され、古くから備前国児島郡の有力神社として位置づけられていた。
江戸時代には岡山藩主池田家の崇敬を受け、元禄元年(1688年)には池田綱政、享保19年(1734年)には池田継政が寺社奉行に命じて社殿を修復している。創祀以来、社号は時代によって変化し、中世には玉比め明神、近世には八幡宮と称された。明治2年(1869年)に旧号である玉比め神社へ復している。現在の社殿は、本殿を除いて昭和2年(1927年)に改築されたもので、昭和27年(1952年)には宗教法人として神社本庁の包括神社となった。
境内には巨大な岩が残されており、古くから霊岩として尊崇され、「玉石」と呼ばれていたと伝えられる。中世には「立石」とも称され、信仰の対象となってきた。玉比咩神社は、この巨岩を神籬磐境として祀った祭祀に由来するとされる。立石は高さ10.6m、周囲29.4mを測り、周囲には堀がめぐらされている。
祭事では、2月17日に祈年祭、7月28日に輪くぐり祭、10月第3土・日曜日に例祭が斎行される。また、10月第4土曜日には、境内の巨大な磐座を礼拝する磐座祭が行われている。
社格は旧村社。
創立年代は不詳である。貞観5年(863年)9月25日成立の『備前国神名帳』総社本には、児島郡11社のうちの1社として「玉比め神社賀茂郷玉村座」と記されている。山本氏本と西大寺本には「児島郡座9社従四位上玉比売明神」、神上金剛寺本には「児島郡11社正四位上玉比め明神」と記載され、古くから備前国児島郡の有力神社として位置づけられていた。
江戸時代には岡山藩主池田家の崇敬を受け、元禄元年(1688年)には池田綱政、享保19年(1734年)には池田継政が寺社奉行に命じて社殿を修復している。創祀以来、社号は時代によって変化し、中世には玉比め明神、近世には八幡宮と称された。明治2年(1869年)に旧号である玉比め神社へ復している。現在の社殿は、本殿を除いて昭和2年(1927年)に改築されたもので、昭和27年(1952年)には宗教法人として神社本庁の包括神社となった。
境内には巨大な岩が残されており、古くから霊岩として尊崇され、「玉石」と呼ばれていたと伝えられる。中世には「立石」とも称され、信仰の対象となってきた。玉比咩神社は、この巨岩を神籬磐境として祀った祭祀に由来するとされる。立石は高さ10.6m、周囲29.4mを測り、周囲には堀がめぐらされている。
祭事では、2月17日に祈年祭、7月28日に輪くぐり祭、10月第3土・日曜日に例祭が斎行される。また、10月第4土曜日には、境内の巨大な磐座を礼拝する磐座祭が行われている。
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