四の鳥居 銅鳥居 | 出雲大社 - 神社ファン

有名度

横綱

出雲大社

いずもたいしゃ

島根県出雲市大社町杵築東195番地

四の鳥居 銅鳥居

更新日:2025年7月2日

日本最古の銅鳥居

松の参道を進んだ先、境内の入口には四の鳥居が建っています。1666年に長州藩2代目藩主毛利綱広によって寄進された、銅製の明神鳥居です。別名「銅鳥居」とも呼ばれています。この銅鳥居を触りながら回ると、金運が上がるとも言われており、パワースポットとしても人気のある場所です。ちなみに出雲大社側ではガイド案内の創作として否定されています。
銅で造られた鳥居としては日本で最も古く、毛利藩の鋳物師が長州阿武郡(現在の山口県萩市)にて鋳造したと伝わります。
四の鳥居
修理の際に行われた発掘調査では、地上に見えている大きな石だけでなく、大小様々な大きさの石によって、鳥居がしっかりと固定されていることが判明しました。江戸時代中期の神社建築において歴史的価値が高いことから、2004年に国の重要文化財に指定されています。
四の鳥居に刻まれた文字
四の鳥居の柱には「素戔嗚尊者雲陽大社神也」と刻まれていることが確認できます。これは「素戔嗚尊は雲陽の大社の神なり」という意味であり、当時の出雲大社のご祭神は、大国主大神ではなく素戔嗚尊であったことが記されています。
出雲大社では、平安時代まで大国主大神がお祀りされていましたが、鎌倉時代以降になると神仏習合の影響で天台宗の鰐淵寺と関係が深まり、その影響で素戔嗚尊をご祭神としていました。一時期は経所では大般若経転読が、社殿では読経が行われていたと伝わります。その結果、出雲大社では神事が衰退しました。そのため1667年の遷宮に際し、神仏分離と廃仏毀釈が行われ、ご祭神も素戔嗚尊から大国主大神と戻されました。

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