国坂神社 - 神社ファン

有名度

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国坂神社

くにさかじんじゃ

鳥取県東伯郡北栄町国坂388

鳥取県東伯郡北栄町国坂388

かんたんご利益

  • 健康
国坂神社には

「健康系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

病気平癒

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

少彦名系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

国坂神社は鳥取県東伯郡北栄町に鎮座する神社。御祭神は少彦名神の1柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
国坂神社の創立年代は不詳である。社伝では、少彦名命が国坂の地に降臨し、人々に農耕の術や病を治す知恵を授けたことに始まると伝えられている。
承和4年(838年)2月、『続日本後記』には国坂神の神階として従五位下が記されている。さらに斉衡4年(856年)8月には『文徳実録』に正五位下、貞観9年(867年)4月には『日本三代実録』に正五位上と記録されている。延長5年(927年)に成立した『延喜式』神名帳には、「伯耆国久米郡國坂神社」として掲載されている。
中世には伯耆国四宮と称されたといわれ、その後は四宮大明神と呼ばれるようになった。大永年間(1521年~1528年)には、茶臼山城主であった増田玄蕃が再興に関わり、社殿の造営が行われた。
祭神については資料ごとに異なる記録が残る。『大日本史』には土地の人々の説として大己貴命を祀ると記され、『日本地理志料』には大国主命と記録されている。一方、元禄7年(1695年)の『伯陽六社美地之記』には少彦名尊を祀ると記されており、現在は鳥取県神社庁において少彦名神が祭神とされている。
明治初年には社名が國坂神社に改められた。国坂、国坂浜、国坂東、大野、山西の氏神として祀られている。昭和の御大典記念事業では、幣殿および拝殿の改築が行われ、玉垣や石段を含む境内の整備が進められた。昭和15年(1940年)の皇紀2600年記念事業では、随神殿、参籠所、神門、透塀が新築され、境内の拡張整備が行われた。
本殿は大社造を基調とした変形向拝唐破風造である。境内には幣殿、拝殿、随神殿2棟、神門、参籠所、手水舎などの主要建物が配置されている。
社叢は北栄町の指定保護文化財となっており、シイを主体とした照葉樹林が広がっている。社殿正面には樹齢500年とされるスダジイの大木があり、3本連なる幹の周囲は約11mとされる。かつて東方には御手洗池と呼ばれる神池が存在し、ジュンサイやコウホネが群生していたと伝えられている。
  • 郷社
  • 式内社(不明)
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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%8B%E5%9D%82%E7%A5%9E%E7%A4%BE