有名度
前頭志磨神社
しまじんじゃ
和歌山県和歌山市中之島677番地
和歌山県和歌山市中之島677番地

Saigen Jiro(wikipedia CC0)
かんたんご利益
- 恋愛
- 健康
- 仕事
- 安全
志磨神社には
「恋愛系」「健康系」「仕事系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
縁結び 治病 交通安全 建築 土木 商工業繁栄
御祭神
公
主祭神
中津島姫命亦名市杵島姫命 なかつしまひめのみこと(いちきしまひめのみこと)
配祀神
生国魂神 いくくにたまのかみ
神社系統
この神社の主な系統は
「宗像・厳島系」
です。他に 「不明(1柱)」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
志磨神社は和歌山県和歌山市に鎮座する神社。御祭神は中津島姫命亦名市杵島姫命、生国魂神の2柱をまつる。
社格は名神大社であり、旧県社。
創建は不詳である。文献上では、大同元年(806年)の『新抄格勅符抄』に「島神 七戸」と記される。承和11年(844年)には伊達神・静火神とともに正五位下となり、嘉祥3年(850年)に従四位下、貞観元年(859年)に正四位下、貞観17年(875年)に従三位へ進んだ。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳には、紀伊国名草郡の「志磨神社 名神大」と記載されている。
永承3年(1048年)の収納米帳、『中右記』天仁2年(1109年)条、『梁塵秘抄』四句神歌には、紀三所社に関する記載が見える。『住吉大社神代記』には、神功皇后が三韓征伐に用いた船3艘を武内宿禰に祀らせたとする伝承が記される。
その後、文献上の志磨神社は所在が明確でなくなる。元和年間(1615年-1624年)には、中之島にあった九頭明神、または国津明神と呼ばれた社が式内社志磨神社に比定された。慶長年間(1596年-1615年)以前には社領として田畑5反を有したが、検地に伴い没収されたと伝わる。天正13年(1585年)には羽柴秀吉の紀州攻めによる戦乱で社殿を失い、寛永5年(1628年)に再興された。延宝6年(1678年)には現在の本殿が建立され、元禄元年(1688年)には紀伊藩の命により志磨神社を称するようになった。昭和17年(1942年)には県社に列し、昭和20年(1945年)の和歌山大空襲では本殿は戦禍を免れている。
本殿は県指定有形文化財で、令和4年(2022年)2月16日に指定された。建物は一間社春日造、銅板葺で、もとは檜皮葺である。間口は1.8メートルで、正面の梁を省略し唐破風を設ける形式を持つ。各所に鳥獣などの彫刻が配され、漆や絵具による彩色が施されている。
拝殿、手水舎、神門および袖塀は国登録有形文化財で、令和6年(2024年)3月6日に登録された。拝殿は昭和19年(1944年)建立の平屋建入母屋造銅板葺で、拝殿部・祝詞舎部・神饌所部から構成される。正面には軒唐破風を付した向拝を備える。手水舎、神門および袖塀も同時期の建物である。例祭は10月15日である。
社格は名神大社であり、旧県社。
創建は不詳である。文献上では、大同元年(806年)の『新抄格勅符抄』に「島神 七戸」と記される。承和11年(844年)には伊達神・静火神とともに正五位下となり、嘉祥3年(850年)に従四位下、貞観元年(859年)に正四位下、貞観17年(875年)に従三位へ進んだ。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳には、紀伊国名草郡の「志磨神社 名神大」と記載されている。
永承3年(1048年)の収納米帳、『中右記』天仁2年(1109年)条、『梁塵秘抄』四句神歌には、紀三所社に関する記載が見える。『住吉大社神代記』には、神功皇后が三韓征伐に用いた船3艘を武内宿禰に祀らせたとする伝承が記される。
その後、文献上の志磨神社は所在が明確でなくなる。元和年間(1615年-1624年)には、中之島にあった九頭明神、または国津明神と呼ばれた社が式内社志磨神社に比定された。慶長年間(1596年-1615年)以前には社領として田畑5反を有したが、検地に伴い没収されたと伝わる。天正13年(1585年)には羽柴秀吉の紀州攻めによる戦乱で社殿を失い、寛永5年(1628年)に再興された。延宝6年(1678年)には現在の本殿が建立され、元禄元年(1688年)には紀伊藩の命により志磨神社を称するようになった。昭和17年(1942年)には県社に列し、昭和20年(1945年)の和歌山大空襲では本殿は戦禍を免れている。
本殿は県指定有形文化財で、令和4年(2022年)2月16日に指定された。建物は一間社春日造、銅板葺で、もとは檜皮葺である。間口は1.8メートルで、正面の梁を省略し唐破風を設ける形式を持つ。各所に鳥獣などの彫刻が配され、漆や絵具による彩色が施されている。
拝殿、手水舎、神門および袖塀は国登録有形文化財で、令和6年(2024年)3月6日に登録された。拝殿は昭和19年(1944年)建立の平屋建入母屋造銅板葺で、拝殿部・祝詞舎部・神饌所部から構成される。正面には軒唐破風を付した向拝を備える。手水舎、神門および袖塀も同時期の建物である。例祭は10月15日である。
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神社詳細
公式URL
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神紋
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出典
公式サイト
http://trinity-sys.net/SIMA.jinja/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E7%A3%A8%E7%A5%9E%E7%A4%BE
和歌山県神社庁
https://wakayama-jinjacho.or.jp/
http://trinity-sys.net/SIMA.jinja/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E7%A3%A8%E7%A5%9E%E7%A4%BE
和歌山県神社庁
https://wakayama-jinjacho.or.jp/
