本殿・御祭神・ご利益 | 熊野速玉大社 - 神社ファン

有名度

関脇

熊野速玉大社

くまのはやたまたいしゃ

和歌山県新宮市新宮1番地

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本殿・御祭神・ご利益

更新日:2026年10月14日

熊野速玉大社の神々をお祀りする社殿

神門をくぐると、鮮やかな朱色に彩られた社殿が横一列に並ぶ、熊野速玉大社を象徴する光景が広がります。
拝殿の奥から向かって右側へ、第一殿「結宮」、第二殿「速玉宮」、摂社「奥御前三神殿」、「上三殿」、「八社殿」が並び、熊野速玉大社の主祭神をはじめとする数多くの神々がお祀りされています。
熊野速玉大社では、熊野速玉大神と熊野夫須美大神を主祭神としてお祀りしています。この二柱と、その御子神である家津美御子大神を熊野大神として奉斎し、さらに神仏習合が進むなかで、10世紀頃には神世七代の神々や天照大御神から神武天皇へと続く系譜の神々などを祀る「熊野十二所大権現」の形が整えられました。
つまり、目の前に並ぶ社殿群は単に多くの神様をお祀りしているだけではありません。熊野で長い年月をかけて形成され、全国へと広がっていった熊野信仰の姿を、現在に伝える場所でもあるのです。
本殿全体
かつての社殿は1883年(明治16年)、熊野川から打ち上げた花火を原因とする火災によって焼失しました。御神体や神宝類は難を逃れましたが、その後は長く仮社殿に神々がお祀りされることになります。
現在につながる社殿群は、戦後に行われた「昭和の大造営」によって再建されたものです。再建に際しては従来の社殿構成が大きく改められ、第二殿の速玉宮の位置が変更されたほか、複数の宮をひとつの社殿にまとめるなど、焼失以前とは異なる構成になりました。こうした改変もあり、熊野速玉大社の現在の本殿は建造物として国の重要文化財には指定されていません。一方、熊野速玉大社の境内は、長く受け継がれてきた熊野信仰の歴史や祭祀空間としての価値が認められ、世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産となっています。
さらに1994年(平成6年)から1997年(平成9年)には御大典記念事業が行われ、結宮などが再建され、現在の社殿群へと整えられました。

結宮・速玉宮

拝殿の奥に鎮座するのが、第一殿「結宮(むすびのみや)」と第二殿「速玉宮(はやたまぐう)」です。
いずれも屋根は銅板葺で、熊野造と呼ばれる建築様式で建てられています。通常の参拝では社殿全体を見ることは難しいものの、拝殿の奥に熊野速玉大社の中心となる二つの社殿が鎮座しています。
第一殿の結宮には熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)、第二殿の速玉宮には熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)がお祀りされています。
熊野速玉大神は伊弉諾尊、熊野夫須美大神は伊弉冉尊ともされる夫婦神です。
熊野速玉大社では、熊野速玉大神について、伊弉諾尊の「映え輝く神霊」を称えた御神名と説明しています。一方の熊野夫須美大神は、伊弉冉尊が持つ万物を育み、結ぶ力を称えた御神名とされています。
「速玉」と「夫須美」という熊野独自の御神名そのものに、それぞれの神の力が表されているのです。
結宮・速玉宮 社殿
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上三殿・奥御前三神殿

結宮・速玉宮の隣に建つのが「上三殿」です。
第三殿の「証誠殿」、第四殿の「若宮」、そして「神倉宮」が一つの社殿にまとめられているのが特徴です。屋根は銅板葺、木造流造で、社殿の前にはそれぞれの神前へと通じる鈴門が設けられています。
第三殿の証誠殿には家津美御子大神と国常立尊、第四殿の若宮には天照大御神、神倉宮には高倉下命がお祀りされています。
なかでも神倉宮は、熊野速玉大社の起源を知るうえで注目したいお社です。
熊野の神々が最初に降臨したと伝えられているのが、現在の神倉神社が鎮座する神倉山です。その後、熊野の神々を神倉山から現在の熊野速玉大社の地へお迎えして社殿を造営したことから、神倉山の「元宮」に対して現在地が「新宮」と呼ばれるようになったと伝えられています。
その神倉山にゆかりの深い高倉下命が、本殿群の神倉宮にもお祀りされています。
また、上三殿に向かって左側に小さく屋根をのぞかせているのが、摂社「奥御前三神殿」です。
上三殿・奥御前三神殿 社殿
お祀りされているのは、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)、神皇産霊神(かみむすびのかみ)の三柱です。
『古事記』では天地が初めて開けた際に現れた特別な神々として登場し、この三柱を「造化三神」と呼びます。
天之御中主神は天地開闢の際に最初に現れた神、高皇産霊神と神皇産霊神は「むすび」の名が示すように、万物を生み出し成長させる生成の力を神格化した神と考えられています。
大きな上三殿に目を奪われると見落としやすい小さなお社ですが、熊野の神々とともに、日本神話の冒頭に登場する造化三神がお祀りされている場所です。訪れた際には、奥御前三神殿にも忘れずに参拝しておきたいところです。

八社殿

上三殿の隣に鎮座するのが「八社殿」です。
熊野十二所権現を構成する中四社の第五殿から第八殿、下四社の第九殿から第十二殿が一つの社殿にまとめられています。上三殿と同じく屋根は銅板葺の流造で、社殿の前には鈴門が設けられています。
中四社には、天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)、瓊々杵尊(ににぎのみこと)、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)がお祀りされています。
天忍穂耳尊は天照大御神の御子、瓊々杵尊は天孫降臨によって地上へ降った神、その御子の彦火火出見尊は「山幸彦」として知られる神です。そして彦火火出見尊の御子が鵜葺草葺不合命、その御子が初代天皇となる神武天皇です。
そのため中四社には、天照大御神から神武天皇へとつながっていく神々の系譜を見ることができます。
下四社には、国狭槌尊(くにさづちのみこと)、豊斟渟尊(とよくもぬのみこと)、泥土煮尊(ういじにのみこと)、大戸道尊(おおとのじのみこと)、面足尊(おもだるのみこと)がお祀りされています。
これらは天地開闢の神話に登場する神々です。
八社殿 社殿
一見すると同じような朱塗りの社殿が横一列に並んでいるように見えますが、結宮・速玉宮から上三殿、八社殿へと順に見ていくと、熊野の主祭神を中心として、天地開闢の神々から天照大御神、さらに神武天皇へとつながる数多くの神々がお祀りされていることが分かります。
それぞれの社殿にどの神様がお祀りされているのかを知ってから眺めると、壮麗な本殿群の見え方も大きく変わってくるでしょう。

御祭神・ご利益

熊野速玉大社では、主祭神である熊野速玉大神と熊野夫須美大神の御神徳から、さまざまなご利益があるとされています。
熊野速玉大神は、現世安穏や自己を高める力、開運成就の御神徳が篤い神です。
一方の熊野夫須美大神は、万物を育み結ぶ御神徳を持つとされ、願望成就や縁結びのご利益で信仰されています。
また、熊野速玉大神は伊弉諾尊、熊野夫須美大神は伊弉冉尊ともされる夫婦神です。熊野速玉大社では、日本で初めて「結婚の儀」を定めた夫婦神と伝えており、その御神徳のもと現在も神前結婚式が執り行われています。
そのため、恋愛成就や縁結びだけでなく、夫婦円満や家族の良縁を願う人々からも篤く信仰されています。
熊野速玉大社 社殿と境内
さらに熊野速玉大社のご利益を知るうえで欠かせないのが、熊野特有の神仏習合の信仰です。
神仏習合の時代には、熊野速玉大神の本地仏を薬師如来、熊野夫須美大神の本地仏を千手観音、家津美御子大神の本地仏を阿弥陀如来とする信仰が形成されました。
熊野の神々は仏が人々を救うために神の姿となって現れた「熊野権現」として信仰され、熊野速玉大神は過去世、熊野夫須美大神は現世、家津美御子大神は来世を救うという「三世信仰」へと発展していきます。
こうした信仰から、熊野は過去・現在・未来にわたって人々を救い、新たな自分へと生まれ変わる「よみがえりの聖地」として篤い信仰を集めました。
熊野速玉大社では現在も、熊野権現の三世信仰による救いを受け継ぎ、「甦りの宮」として人々の再生を祈り続けています。
縁結び、夫婦円満、現世安穏、開運成就、願望成就といった個々の願いはもちろん、これまでの自分を見つめ直し、新たな一歩を踏み出すために祈ることも、熊野速玉大社ならではの参拝といえるでしょう。

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