大屋都姫神社 - 神社ファン

有名度

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大屋都姫神社

おおやつひめじんじゃ

和歌山県和歌山市宇田森59番地

和歌山県和歌山市宇田森59番地

鳥居と拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

大屋都姫神社以外にも 大屋さん とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
大屋都姫神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

樹木の守護

御祭神

本殿 主祭神

大屋都姫命 おおやつひめのみこと

左脇宮 配祀神

伊太祁曽神社 いたきそじんじゃ

右脇宮 配祀神

抓都姫神社 つまつひめのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「伊太祁曽系」 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

大屋都姫神社は和歌山県和歌山市に鎮座する神社。御祭神は大屋都姫命、伊太祁曽神社、抓都姫神社の3柱をまつる。
社格は名神大社であり、旧県社。
創建年代は明らかではない。社伝では、当初は日前・國懸両神宮の地に祀られていたが、垂仁天皇16年に社地を譲り、山東の亥の森へ遷座したと伝える。
大宝2年(702年)の『続日本紀』には、伊太祁曽・大屋都比売・都麻都比売の三社を分遷した記事が見える。このとき亥の森から古宮とされる地へ遷座し、その後現在地へ移転したと伝わる。
別伝では、伊太祁曽三神が天上からそれぞれの地を選んで降臨する際、大屋都姫命が平田郷を選び、その地に宮殿を営んだとする伝承がある。
史料上の初見は大宝2年(702年)の記事である。大同元年(806年)の『新抄格勅符抄』では「大屋津比売神」に7戸の神戸が与えられたことが記される。承平年間(931年-938年)頃の『和名類聚抄』には紀伊国名草郡に「大屋郷」が見え、神戸に関わる地名とされる。
貞観元年(859年)には従四位下に昇叙された。延長5年(927年)成立の『延喜式』では名神大社に列し、月次祭および新嘗祭で幣帛を受けた旨が記される。
寛治2年(1088年)には堀河天皇の熊野行幸に際して奉幣があったと伝わる。長治元年(1104年)には神田18町歩と社地の寄進があったとされる。
中世には大永年間の争乱や天正年間の兵火により衰退したと伝わる。近世には神田2町を有し、周辺は「神の木」と呼ばれた。昭和21年(1946年)の農地改革により神田は失われた。
明治6年(1873年)に村社に列し、明治13年(1880年)に県社に昇格した。明治44年(1911年)には総社神社が合祀された。この総社神社は近世に「総社大明神」と称された神社であり、鎮座地や由来について複数の伝えがある。
  • 県社
  • 名神大社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 王子造銅板葺

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%8B%E9%83%BD%E5%A7%AB%E7%A5%9E%E7%A4%BE
和歌山県神社庁
https://wakayama-jinjacho.or.jp/