崇道天皇社 - 神社ファン

有名度

前頭

崇道天皇社

すどうてんのうしゃ

奈良県奈良市西紀寺町40

奈良県奈良市西紀寺町40

鳥居と参道

mamama (ままま)(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

崇道天皇社以外にも 紀寺天王 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 家庭
崇道天皇社には

「健康系」「仕事系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

疫病災厄退散 健康長寿 家運隆盛 稼業繁栄 円満和楽

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

崇道天皇系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

崇道天皇社は奈良県奈良市に鎮座する神社。御祭神は早良親王の1柱をまつる。
社格は旧村社。
創建は大同元年(806年)と伝わる。平城天皇の勅命により、紀寺の地に早良親王を鎮め祀る社として営まれたとされる。早良親王は天応元年(781年)に皇太子となったが、延暦4年(785年)に藤原種継暗殺事件への連座を疑われて廃嫡され、淡路国へ配流される途中に薨去したと伝えられる。その後、崇道天皇の追号が贈られ、御骨は大和国八島陵へ改葬され、祀られる存在となった。こうした経緯から、崇道天皇社は奈良における御霊信仰の重要な一社として受け継がれてきた。 長禄2年(1458年)の「霊安寺御霊大明神略縁起私記」には、紀寺の天王が崇道天皇であることが記されている。また、応仁2年(1468年)の「大乗院寺社雑事記」には春日大社の末社として見え、当社が中世奈良の寺社世界の中で位置づけられていたことがうかがえる。
社殿でとくに重要なのが本殿で、国の重要文化財に指定されている。現在の本殿は、桃山時代創建と推定される春日若宮本殿を元和9年(1623年)に移建したもので、現存する春日移しの中でも古い遺構として重視される。形式は一間社春日造、桧皮葺で、かつては西向きだったが、1875年(明治8年)までに現在の南向きとなった。境内には祓戸社、天満宮、稲荷社があり、神楽殿は安政2年(1855年)の再興、斎館は1940年(昭和15年)の竣工とされる。例祭は10月15日、夏祭りは7月15日に行われる。
  • 村社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 一間社春日造桧皮葺

神紋

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出典
公式サイト
https://sudoutennousha.jimdofree.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B4%87%E9%81%93%E5%A4%A9%E7%9A%87%E7%A4%BE