於美阿志神社 - 神社ファン

有名度

前頭

於美阿志神社

おみあしじんじゃ

奈良県高市郡明日香村桧前594

奈良県高市郡明日香村桧前594

鳥居と拝殿

Takanuka(wikipedia CC 表示 3.0)

かんたんご利益

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

於美阿志神社は奈良県高市郡明日香村に鎮座する神社。御祭神は阿智使主神夫妻二柱をまつる。
社格は式内社であり、旧村社。
於美阿志神社の歴史は、檜前の地に展開した渡来系氏族・東漢氏の歴史と深く結びついている。この地は阿智使主の居住地跡とされ、のちに東漢氏の氏寺とみられる檜隈寺が築かれた。檜隈寺跡の調査では金堂・講堂・塔・中門・回廊などが確認され、特異な伽藍配置をもつ寺院であったことが判明している。出土瓦や基壇構造からは、7世紀初頭まで創建がさかのぼる可能性が指摘されており、飛鳥における初期仏教受容を考えるうえで重要な遺跡である。
於美阿志神社は、飛鳥時代以前の5世紀頃に東漢氏の始祖を祀って創建されたと伝えられる。もとは現在地の西側に鎮座していたが、1907年に檜隈寺跡へ本殿を移したとされる。江戸時代には御霊明神と称され、本居宣長が明和9年(1772年)に当地を訪れた頃には、檜隈寺は仮の庵を残すのみで古瓦が散乱していたと記録されている。寺院が衰退したのちも、この地では氏族の記憶と信仰が神社のかたちで継承されてきた。
境内に残る於美阿志神社石塔婆は、もとは十三重石塔であったが、現在は上部を欠き十一重となっている。明治42年(1909年)に重要文化財に指定され、平安時代後期の作とされる。解体修理の際には、ガラス製小壺や青白磁合子などの埋納品が出土している。本殿は流造銅葺で、例祭は10月9日に行われる。
  • 村社
  • 式内社(小)
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 流造銅葺

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%BC%E7%BE%8E%E9%98%BF%E5%BF%97%E7%A5%9E%E7%A4%BE
奈良県神社庁
https://www.naraken-jinjacho.jp/