宗像神社 桜井市 - 神社ファン

有名度

前頭

宗像神社

むなかたじんじゃ

奈良県桜井市外山818

奈良県桜井市外山818

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 金運
  • 安全
宗像神社には

「仕事系」「金運系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

海上安全 豊漁 財運向上

御祭神

宗像三神 むなかたさんしん

神社系統

この神社の主な系統は

宗像・厳島系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

宗像神社は奈良県桜井市に鎮座する神社。御祭神は宗像三神をまつる。
社格は名神大社であり、旧村社。
宗像神社の歴史は古代までさかのぼる。延喜式に三座の神を祀る社として記載されるだけでなく、元慶4年(880年)には左京の宗像神社とともに筑前国の宗像神社と同神の別社とされた記録があり、早くから朝廷の祭祀体系の中で重んじられていたことが確認できる。さらに翌年には神主職に関する定めが置かれ、寛平5年(893年)には修理料に関する太政官符も出されており、古代の段階ですでに公的な保護を受けていた。高市皇子や高階氏との関わりをめぐる説も伝わるが、この点は確実な史実として断定できる範囲が限られるため、古記録上確認できる事実としては、宗像三神を祀る名神大社として存続していた点が中心となる。
中世以後の歩みも特徴的である。南北朝期以降には「春日社」と称されるようになり、玉井家の家伝によれば、興国2年(1341年)の兵火によって社殿が焼亡し衰退したという。のちに正平9年(1354年)には神霊を邸内に遷して「中島宗像社」と称し、天正18年(1590年)には旧社地で再興された。さらに幕末には国学者鈴木重胤らの尽力により、安政6年(1859年)に筑前の宗像神社から神霊を迎え、万延元年(1860年)に社殿が整えられた。明治8年(1875年)には春日神社の社号を廃して宗像神社に復し、明治21年(1888年)には社殿の改築も行われ、現在へ続く姿が形づくられた。
社殿は神明造・銅板葺の本殿を中心とし、鳥居をくぐった先に落ち着いた境内が広がる。かつて「春日の宮」とも呼ばれた歴史を持ちながら、宗像三神を祀る古社としての性格を取り戻し、外山の地で守り継がれてきた点が大きな特色である。例祭は10月19日とされる。
  • 村社
  • 名神大社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 神明造銅板葺

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E5%83%8F%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%A1%9C%E4%BA%95%E5%B8%82)
奈良県神社庁
https://www.naraken-jinjacho.jp/