志貴御縣坐神社 - 神社ファン

有名度

前頭

志貴御縣坐神社

しきみあがたにますじんじゃ

奈良県桜井市金屋896

奈良県桜井市金屋896

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
志貴御縣坐神社には

「健康系」「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

疫病除け 病気平癒 商売繁盛

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

大神系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

志貴御縣坐神社は奈良県桜井市に鎮座する神社。御祭神は大己貴神の1柱をまつる。
社格は式内社であり、旧村社。
創建年は明らかではないが、志貴御縣坐神社の存在は古代史料の上に早くから確認できる。天平2年(730年)の『大和国正税帳』には「志癸御県」の神戸に関する記載が見え、大同元年(806年)の『新抄格勅符抄』にも「志貴御県神」が現れる。さらに天安3年(859年)には神階が従五位下から従五位上に進み、延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では「志貴御県坐神社 大 月次新嘗」として記され、月次祭・新嘗祭にあずかる格式の高い神社であったことがわかる。
社名にある「御県」は古代朝廷と深く関わる県を指し、志貴御縣坐神社は大和国の六御県の一つである志貴県に関わる神社とされる。六御県は高市・葛木・十市・志貴・山辺・曽布を指し、それぞれに御県神社が鎮座したと伝わる。志貴の地は古代豪族である磯城県主との関係でも知られ、この地域が大和王権の形成期から重要な土地であったことがうかがえる。
中世に入っても社名は途切れず、文明6年(1474年)の「宿院会米帳」には「シキノミヤ」の記載が見える。近世以前から地域では「志貴宮」として認識されていたことがうかがえ、長い時間を通じて土地の信仰の中心であり続けてきた。
境内では拝殿東側に四つの磐座が等間隔に並ぶ点が大きな特色であり、古い祭祀の場を思わせる景観が残る。社地そのものに古層の信仰を感じさせる構成である。
さらに志貴御縣坐神社の周辺は、崇神天皇の磯城瑞籬宮の伝承地の一つに数えられ、境内にはその跡地を示す石碑も建てられている。
  • 村社
  • 式内社(大)
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E8%B2%B4%E5%BE%A1%E7%B8%A3%E5%9D%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE
奈良県神社庁
https://www.naraken-jinjacho.jp/