有名度
小結多井畑厄除八幡宮
たいのはたやくよけはちまんぐう
兵庫県神戸市須磨区多井畑字宮ノ脇1
日本最古の厄除け
更新日:2026年9月10日
多井畑の厄神さん
「多井畑の厄神さん」と親しまれている多井畑厄除八幡宮は、日本最古の厄除けの霊地と伝えられています。御祭神は応神天皇で、厄除けをはじめ、開運・交通安全・病気平癒などの御神徳で信仰されています。その歴史は古く、神護景雲4年(770)、疫病の流行を鎮めるため、五畿内(大和・山城・河内・摂津・和泉)の国境10か所で疫神を祀り、疫祓いが行われました。当時、摂津国と播磨国の境に位置していた多井畑も、その1か所であったと伝えられています。
疫病などの災厄が国境から入り込むことを防ぐため、その境界で疫神を祀って災いを鎮めようとしたものです。こうした古代の疫病除けの祭祀が行われた場所と伝えられていることが、多井畑が厄除けの霊地として信仰される原点となっています。
その後、安元年間(1175~1177)には京都の石清水八幡宮から八幡大神を勧請したと伝えられています。また、須磨にゆかりのある在原行平が祈りを捧げ、一ノ谷の合戦の際には源義経が武運長久を祈願したとの伝承も残されています。
長い歴史のなかで厄除けの信仰は受け継がれ、現在も厄年の厄払いをはじめ、災厄を避けて1年の無事を願う多くの参拝者が訪れています。特に毎年1月18日から20日に行われる厄除大祭は、「多井畑の厄神さん」を代表する行事として知られています。

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厄除け信仰の原点「疫神祭塚」
拝殿の左側にある階段を登った先には「疫神祭塚」があります。多井畑厄除八幡宮を参拝するなら、御社殿とともに訪れておきたい場所です。疫神祭塚は、神護景雲4年(770)に疫病を鎮めるため疫神を祀り、疫祓いが行われたことに由来すると伝えられています。多井畑厄除八幡宮が日本最古の厄除けの霊地とされ、「多井畑の厄神さん」として信仰を集めてきた原点ともいえる場所です。
疫神祭塚には水鉢があり、その側面には「厄災ヲ祓ヒ給ヒ清メ給フ」の文字が刻まれています。現在、この水鉢では、人の形をした紙に自身の厄や穢れを移して水に流す「ひながた流し」が行われています。
古代に疫病を鎮めるため疫神が祀られたと伝わる場所で、現在も参拝者が自身の厄や穢れを祓い清める。1200年以上前の疫病除けの伝承と現在の厄除け信仰が同じ場所でつながっていることが、疫神祭塚の大きな特徴です。
多井畑厄除八幡宮を「日本最古の厄除けの霊地」として紹介するうえで、疫神祭塚は欠かすことのできない場所です。

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