有名度
前頭初嶋大神宮
はつしまだいじんぐう
兵庫県尼崎市築地2丁目6−17
兵庫県尼崎市築地2丁目6−17

かんたんご利益
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
初嶋大神宮は兵庫県尼崎市に鎮座する神社。御祭神は天つ神、國つ神、八百萬神の3柱をまつる。
初嶋大神宮の起こりは、鎌倉時代末期の正和年間(1312~1316年)に、尼崎別所町南浜、現在の東本町4丁目付近に祀られたことに求められている。尼崎市の文化財散歩でも、これを神社の始まりとして紹介しており、現在地に鎮まる以前から、この地の海辺の信仰と結びついた古い社であったことが確認できる。その後、江戸時代に尼崎城下の築地町が造成されるのに伴い、寛文6年(1666年)に現在地へ遷宮した。『尼崎志』を引く地域史資料でも、別所町南浜にあった初島恵比須が築地開発にともなって移されたとされ、現在の初嶋大神宮へつながる経緯が示されている。また、この一帯は江戸時代以前、白砂青松の景として知られ、摂津の松島と称された土地である。
古記録は承応年間頃の洪水によって失われたと伝えられ、その後の沿革は後世の記録や地域史によって補われている。古くから吉田神祇家と縁故があり、公卿の崇敬を受けて寄進が行われたこと、さらに寛永年間以降に再建や修理が重ねられてきたことも伝えられている。
近代以後も初嶋大神宮は築地の鎮守として守られてきたが、阪神・淡路大震災により築地地区は大きな被害を受け、神社も被災した。現在の社殿は、その後の復旧により整備されたものである。
祭礼は9月第3月曜日の敬老の日を本宮、その前日を宵宮として行われる例大祭が中心である。築地だんじり祭りとして知られ、こどもみこしの巡行、7基のだんじり巡行、本宮日の山合わせ、お神楽の奉納などが行われ、地域の伝統を今に伝えている。
初嶋大神宮の起こりは、鎌倉時代末期の正和年間(1312~1316年)に、尼崎別所町南浜、現在の東本町4丁目付近に祀られたことに求められている。尼崎市の文化財散歩でも、これを神社の始まりとして紹介しており、現在地に鎮まる以前から、この地の海辺の信仰と結びついた古い社であったことが確認できる。その後、江戸時代に尼崎城下の築地町が造成されるのに伴い、寛文6年(1666年)に現在地へ遷宮した。『尼崎志』を引く地域史資料でも、別所町南浜にあった初島恵比須が築地開発にともなって移されたとされ、現在の初嶋大神宮へつながる経緯が示されている。また、この一帯は江戸時代以前、白砂青松の景として知られ、摂津の松島と称された土地である。
古記録は承応年間頃の洪水によって失われたと伝えられ、その後の沿革は後世の記録や地域史によって補われている。古くから吉田神祇家と縁故があり、公卿の崇敬を受けて寄進が行われたこと、さらに寛永年間以降に再建や修理が重ねられてきたことも伝えられている。
近代以後も初嶋大神宮は築地の鎮守として守られてきたが、阪神・淡路大震災により築地地区は大きな被害を受け、神社も被災した。現在の社殿は、その後の復旧により整備されたものである。
祭礼は9月第3月曜日の敬老の日を本宮、その前日を宵宮として行われる例大祭が中心である。築地だんじり祭りとして知られ、こどもみこしの巡行、7基のだんじり巡行、本宮日の山合わせ、お神楽の奉納などが行われ、地域の伝統を今に伝えている。
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神社詳細
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出典
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http://hatusima.omiki.com/
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