有名度
小結方違神社
ほうちがいじんじゃ
大阪府堺市堺区北三国ヶ丘町2-2-1
御社殿・御祭神・ご利益
更新日:2026年9月8日
伊勢神宮の遷宮古材を用いた御社殿
方違神社の境内正面に建つのが、拝殿・幣殿・本殿からなる御社殿です。現在の御社殿は、2010年(平成22)に創建2100年を迎えたことを記念する事業として造替され、2017年(平成29)12月に完成しました。

近代では1945年(昭和20)の堺大空襲によって御社殿が焼失。その後、本殿が新築され、拝殿と幣殿には和泉市の男乃宇刀神社から移築した建物が用いられました。この戦後復興の御社殿に代わって造営されたのが、現在の御社殿です。

スポンサーリンク
御祭神
主祭神は、方違幸大神(かたたがえさちおおかみ)です。方違幸大神は1柱の神様の名前ではなく、八十天万魂神(やそあまよろずみたまのかみ/天神地祇)、素盞嗚尊(すさのおのみこと)、三筒男大神(みつつおのおおかみ/住吉大神)、息気長足姫命(おきながたらしひめのみこと/神功皇后)の神々を合わせた総称です。
これらの神々は方違神社の由緒とも深く関わっています。社伝では、崇神天皇の時代に疫病が流行した際、この地に素盞嗚尊を祀ったことを起源とします。その後、神功皇后が忍熊王の反乱に際して天神地祇を祀り、方災除けを祈願。応神天皇の時代には三筒男大神と神功皇后が合祀されたと伝えられています。
本殿には明治時代に周辺や境内の神社も合祀されました。1907年(明治40)2月に水天宮社、同年10月には向井神社、境内社の愛宕神社・神明社、小祠4社を合祀。1908年(明治41)には八幡社と武内社が合祀されています。
そのため、本殿には方違幸大神のほか、向井大神、水天宮外十二柱神も祀られています。向井大神も複数の神々の総称で、大鷦鷯天皇(仁徳天皇)、去来穂別天皇(履中天皇)、瑞歯別天皇(反正天皇)、菟道稚郎子命、百済王仁の5柱を指します。

ご利益
方違神社は古くから、方位・地相・家相・日柄などに関わる災いを取り除く方災除けの神社として篤く信仰されてきました。特に知られているのが方位除けと厄除けです。転居や新築、住宅購入など住環境が変わるときのほか、転勤や旅行など新しい方角へ移動するときにも参拝されています。
このほか、家内安全、旅行安全、交通安全、住宅普請などのご利益でも信仰されています。
摂津・河内・和泉の3国の境にあり、「方位のない清地」と考えられてきた方違神社。その中心となる御社殿には、長い歴史のなかで方災除けの神として信仰されてきた方違幸大神をはじめ、多くの神々が祀られています。

この記事を0人の方がいいねといっています
スポンサーリンク
方違神社の人気記事
-
方災除けで有名な「ほうちがいさん」この記事を1人が評価
-
楠木姫大神この記事を1人が評価
-
稲荷社この記事を0人が評価
