方災除けで有名な「ほうちがいさん」 | 方違神社 - 神社ファン

有名度

小結

方違神社

ほうちがいじんじゃ

大阪府堺市堺区北三国ヶ丘町2-2-1

😞 🙁 😐 🙂 😄

方災除けで有名な「ほうちがいさん」

更新日:2026年9月8日

ほうちがいさん

方違神社は、方災除けの神社として知られ、地元では「ほうちがいさん」の愛称で親しまれています。
方災とは、方位や家相などに起因すると考えられてきた災いのこと。方違神社では古くから方災除けの信仰を集め、現在も引っ越しや転勤、旅行、新築、住宅購入など、生活の場所や環境が変わる際に多くの人が参拝します。
境内で参拝してお守りなどの授与品を受けるほか、新築や転居など大きな節目には方災除けの祈祷を受ける人も少なくありません。
方違神社が方災除けで知られるようになった背景には、神社が鎮座する場所そのものが深く関係しています。
方違宮の社号碑

なぜ方違神社は方災除けで有名なのか?

方違神社が鎮座するのは、かつて摂津・河内・和泉の3国の境にあたった場所です。この一帯は「三国山」「三国丘」と呼ばれ、3国のいずれにも属さないことから、方位のない清らかな土地と考えられてきました。
方位がなければ方角による災いも受けないとされ、この地の土をいただいて身を清めることで、悪い方位から身を守るという信仰が生まれました。
方違神社では現在も、境内の土を包んだ「御砂」を方除けの授与品として頒布しています。転居の際などに新しい住まいの四隅へ撒き、土地を清めるものです。
方災除けの信仰は、方違神社の古い由緒にも伝えられています。
三國丘と刻まれた巨石
社伝によると、崇神天皇の時代に疫病が流行した際、物部大母呂隅足尼がこの地に遣わされ、須佐之男神を祀ったことが起源とされています。その後、神功皇后が三韓からの帰途、忍熊王の反乱に遭った際には、この地で天神地祇を祀り、方災除けを祈願したと伝えられています。
神功皇后は故事にならって八十平瓮を作り、菰の葉で埴土を包んだ粽を供えて祈願しました。その後、反乱を平定することができたとされ、この故事が方違神社に伝わる方除け信仰の一つの由来となっています。
応神天皇の時代には須佐之男神、三筒男大神、神功皇后が合祀され、「方違大依羅神社」と称したと伝えられています。
スポンサーリンク

旅立ちや人生の節目に信仰された方違神社

方違神社の周辺は古くから人々が行き交う交通の要所でもありました。奈良時代には人馬往来の地として、平安時代以降には熊野へ向かう参詣路として、多くの人々がこの地を通りました。
旅立ちの際に方違神社へ参拝し、方角による災いを避け、道中の安全を願う信仰が広まっていったと伝えられています。
朝廷や武家からの信仰も篤く、延暦23年(804)には空海が唐へ渡る際に旅の安全を祈願したとされます。平清盛の福原遷都、徳川家康の大坂夏の陣に際しても祈願が行われたと伝えられ、明治元年(1868)の東京遷都では17日間にわたる祈祷を命じられたとされています。
かつて旅や遷都の際に方災除けを願った信仰は、現在の引っ越しや転勤、新築、旅行などの祈願へと受け継がれています。
方違宮縁起

御祭神は「方違幸大神」

方違神社の御祭神は「方違幸大神(かたたがえさちおおかみ)」と総称されています。
方違幸大神とは1柱の神様の名前ではなく、八十天万魂神(天神地祇)、素盞嗚尊、三筒男大神(住吉大神)、息気長足姫命(神功皇后)の神々を合わせた呼び名です。
方位のない清地とされた三国丘に鎮座し、古くから方災除けを願う人々の信仰を集めてきた方違神社。現在も住まいや仕事、旅などで新しい場所へ向かうときに参拝される神社です。
方違神社社殿

方災除けの御祈祷

方違神社では方災除けをはじめ、転宅、新築、旅行などに際して御祈祷を受けることができます。
御祈祷の受付時間は9:00~16:00で、個人の場合は予約不要です。毎月9日・19日・29日の平日は祈祷休日となりますが、土日祝日と大安にあたる場合は受け付けています。
遠方などの事情で参拝できない場合には、郵送による通信祈祷も行われています。受付方法や最新の祈祷日程については、参拝前に方違神社へ確認してください。
方災除けなどの祈祷申込

この記事を1人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

方違神社の人気記事

  • 方違神社 楠木姫大神 鳥居と社殿
    楠木姫大神

    この記事を1人が評価

  • 方違神社 神功皇后御馬繋之松の石碑
    石碑

    この記事を0人が評価

  • 方違神社 稲荷社 鳥居
    稲荷社

    この記事を0人が評価