玉祖神社 大阪府 - 神社ファン

有名度

前頭

玉祖神社

たまのおやじんじゃ

大阪府八尾市神立5-93

大阪府八尾市神立5-93

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
玉祖神社には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

カメラ・レンズ業守護 宝石業守護 勝運

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

玉祖系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

玉祖神社は大阪府八尾市に鎮座する神社。御祭神は天明玉命の1柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
玉祖神社の創始は、社伝では和銅3年(710年)に周防国の玉祖神社から分霊を勧請したことにはじまると伝えられる。伝承では、神は住吉津に上陸し、恩智神社に一夜留まったのち現在地に祀られたとされる。また、この地には古く玉造部の人々が居住していたこともあわせて伝えられている。平安時代には『延喜式神名帳』に式内社として記載され、古くから朝廷の祭祀体系の中に位置づけられていた神社である。中世には神宮寺として二寺六坊が存在したと伝えられるが、その後衰退し、竹之坊を除いて天正年間ごろまでに退転したとされる。神仏習合の時代を経たのち、近代の神仏分離によって竹之坊も廃寺となった。
戦国期には神社が荒廃していたが、豊臣秀頼が再興に関わったことが八尾市の資料に見える。境内には慶長9年(1604年)に秀頼が本殿再興の際に寄進したと伝わる石燈籠が残り、八尾市内最古の石燈籠とされている。その後、慶長20年(1615年)の大坂夏の陣の際に、秀頼が再興した本殿は撤去されたと伝えられる。江戸時代後期の『河内名所図会』には境内の様子が描かれており、近世における社頭の姿を知ることができる。
現在の本殿は江戸時代中頃の建立とされ、八尾市指定有形文化財に指定されている。社殿は切妻造・妻入で、身舎と向拝の屋根が一体化した構成をとる。柱には金欄巻が施され、極彩色の彩色や竹と虎、龍の絵など装飾的な彫刻も見どころとなっている。
境内には大阪府指定天然記念物のクスノキがあり、平安時代の木造男女神像や鎌倉時代の北条時政制札などの文化財も伝えられている。例祭は夏に7月中頃、秋に10月10日に行われ、近年は10月に高安薪能が奉納される場としても知られている。
  • 郷社
  • 式内社(小)
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 春日造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%89%E7%A5%96%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%85%AB%E5%B0%BE%E5%B8%82)
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/