織田作之助像・井原西鶴坐像 | 生國魂神社 - 神社ファン

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生國魂神社

いくたまじんじゃ

大阪府大阪市天王寺区生玉町13-9

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織田作之助像・井原西鶴坐像

更新日:2026年8月5日

大阪文学を今に伝える織田作之助像・井原西鶴坐像

生國魂神社の境内には、大阪を代表する二人の文学者を顕彰する織田作之助像と井原西鶴坐像が建てられています。時代は大きく異なりますが、いずれも大阪の風土や人々の暮らしを作品に描き、日本文学へ大きな足跡を残した人物です。境内を歩けば、古くから芸能や文化の発信地として栄えた生國魂神社ならではの文学の歴史に触れることができます。

織田作之助像

織田作之助像は、昭和を代表する小説家・織田作之助を顕彰する銅像です。織田作之助は中学生のころまで生國魂神社の近くで暮らし、この地域の町並みや人々の姿に親しみながら少年時代を過ごしました。
生國魂神社 織田作之助像
その体験は後の創作にも大きな影響を与え、代表作の一つ『木の都』には、生國魂神社周辺の情景が生き生きと描かれています。大阪の庶民の暮らしを温かな視点で描いた織田作之助にとって、生國魂神社は創作の原風景の一つといえる場所でした。
生國魂神社 織田作之助像 バストアップ

井原西鶴坐像

井原西鶴坐像は、江戸時代前期を代表する俳諧師・浮世草子の作者である井原西鶴を顕彰しています。大阪の商家に生まれた西鶴は、俳諧師として名を成した後、『好色一代男』をはじめとする浮世草子で町人文化を生き生きと描き、後世の文学に大きな影響を与えました。
生國魂神社 井原西鶴坐像
西鶴と生國魂神社との縁は、1680(延宝8)年に行われた「矢数俳諧」にあります。矢数俳諧とは、決められた時間内にどれだけ多くの句を詠めるかを競う催しで、西鶴は生國魂神社の境内で一昼夜に4,000句を詠むという前人未到の偉業を成し遂げました。この記録は当時の人々を驚かせ、西鶴の名を全国へ広めるきっかけになったと伝えられています。
生國魂神社 井原西鶴坐像 顔
織田作之助像と井原西鶴坐像は、それぞれ昭和と江戸という異なる時代を代表する大阪ゆかりの文学者を顕彰する記念碑です。生國魂神社は神々をお祀りするだけでなく、古くから芸能や文学とも深く結び付いてきた場所でした。二人の像を巡れば、大阪が育んできた豊かな文学文化と、生國魂神社が果たしてきた文化的な役割を感じることができるでしょう。

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