久我神社 京都市北区 - 神社ファン

有名度

前頭

久我神社

こがじんじゃ

京都府京都市北区紫竹下竹殿町47

京都府京都市北区紫竹下竹殿町47

拝殿と本殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

久我神社以外にも 氏神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 安全
久我神社には

「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

航空安全 交通安全

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

賀茂系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

久我神社は京都府京都市北区に鎮座する神社。御祭神は賀茂建角身命の1柱をまつる。
社格は式内社。
創建は不詳であるが、賀茂県主氏が大和から山城へ移住する過程で祀った社の一つと見られている。『山城国風土記』逸文には賀茂建角身命が遷座していった筋立てが伝えられており、当社もその流れの中に位置づけられるとされる。現在地に祀られた理由については、付近に賀茂建角身命の墳墓があったとする伝承があるが、詳細は明らかではない。
国史では貞観元年(859年)に「久我神」の神階昇叙の記事が見え、延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳には山城国愛宕郡の「久我神社」として記載されている。また賀茂社の『嘉元年中行事』に末社として記されていることから、平安時代後期には賀茂社の末社に列していたと考えられている。鎌倉時代以降は主に氏神社として崇敬され、近世には「大宮」とも称された。明治5年(1872年)に社名を久我神社へ改めている。
御祭神である賀茂建角身命は、神武天皇の東征の際に八咫烏となって先導した存在として語られており、その神話にちなみ、近年では航空安全や交通安全の守護神としての信仰もみられる。
現在の本殿と拝殿は寛永5年(1628年)の造営とされ、本殿は一間社流造・檜皮葺、拝殿も檜皮葺である。境内は近世に「大宮の森」と俗称され、現在も巨木が残る。賀茂氏の移住伝承を伝える歴史的環境が良好に保持されていることから、京都市指定史跡に指定されている。
祭事は4月1日の春祭、9月1日の八朔祭、11月1日の秋祭、11月3日の神幸祭などがあり、神幸祭では氏子町内を神輿が巡行する。上賀茂神社の神馬による牽馬の儀も、秋祭の神事として行われている。
  • 式内社(小)
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 一間社流造檜皮葺

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E6%88%91%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82%E5%8C%97%E5%8C%BA)