有名度
関脇石清水八幡宮
いわしみずはちまんぐう
京都府八幡市八幡高坊30
石清水八幡宮のその他摂末社
更新日:2025年5月17日
武内社
摂社である武内社(たけうちしゃ)は本宮内に鎮座しているため、通常は見ることはできません、また本宮内にあるため国宝に指定されています。祭神は武内宿禰命(たけうちのすくねのみこと)です。廣田社・生田社・長田社
末社である廣田社・生田社・長田社(ひろたしゃ・いくたしゃ・ながたしゃ)は本殿の北西、西総門と校倉の間にあります。三社が一つの社殿に相殿で祀られています。
三社は西宮や神戸に本社があり(廣田神社は西宮市、生田神社は神戸市、長田神社は神戸市)、神功皇后が朝鮮遠征から凱旋されたとき「この地に祀るように」と神託を受けてそれぞれの地で祀った由来がある神社です。

住吉社
摂社である住吉社(すみよししゃ)は本殿の北側、校倉の隣に鎮座しています。祭神は住吉三神の底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)です。住吉三神は航海安全の神とされ、神功皇后が三韓征伐の際に航海の安全を住吉三神に祈ったとされています。社殿は一間社流造の檜皮葺です。869年(貞観11年)に鎮座したといわれ、江戸時代前期(1624~1643年頃)に再建されました。国の重要文化財に指定されています。

一童社
末社である一童社(いちどうしゃ)は本殿の北側、住吉社の隣にあります。祭神は磯良神(いそらのかみ)です。神功皇后は三韓出兵の際に諸神を招いたが、海底に住む磯良神だけは、顔に牡蠣や鮑が付いていて醜いのを恥じて現れなかったが、住吉神は海中に舞台を構えて舞を奏して誘い出すと、磯良神が現れ、龍宮から潮を操る霊力を持つ潮盈珠・潮乾珠を借りうけて神功皇后に献上し、そのおかげで三韓征伐は成功しました。社殿は一間社流見世棚造です。

貴船社・龍田社
末社である貴船社・龍田社(きふねしゃ・たつたしゃ)は本殿の北側、北総門の隣にあります。二社が相殿で祀られています。

水若社
摂社である水若社(みずわかしゃ)は本殿の北東、信長堀沿いに鎮座しています。ちかくに若宮殿社、隣には気比社があります。祭神は菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)です。応神天皇の子で、寵愛をうけて皇太子になりましたが、異母兄の仁徳天皇に皇位を譲るために自殺したと日本書紀に伝わります。社殿は一間社流造の檜皮葺です。869年(貞観11年)に鎮座したといわれ、江戸時代前期(1624~1643年頃)に再建されました。国の重要文化財に指定されています。

気比社
摂社である水若社(みずわかしゃ)は本殿の北東、信長堀沿いに鎮座しています。ちかくに若宮殿社、隣には水若社があります。祭神は氣比大神(けひおおかみ)です。福井県の氣比神宮の主祭神です。気比宮社記によれば、神功皇后が三韓征伐出兵の時に気比大神に祈願すると、海神から潮盈珠・潮乾珠を得て、成功に導いたとされています。社殿は一間社流見世棚造の檜皮葺です。1505年(永正2年)に鎮座したといわれ、江戸時代前期(1624~1643年頃)に再建されました。

水分社
末社である水分社(みくまりしゃ)は本殿の東側、東総門越えた階段の途中に鎮座しています。祭神は国之水分神(くにのみくまりのかみ)です。社殿は一間社流見世棚造の檜皮葺です。1208年(弘安3年)に鎮座したといわれます。

三女神社
末社である三女神社(さんにょじんじゃ)は本殿の南西側、ケーブルカーに乗って本殿に行く途中に鎮座しています。祭神は宗像三女神(むなかたさんにょしん)で、多紀理毘売命(たぎりびめ)、市寸島姫命(いちきしまひめ)、多岐津比売命(たぎつひめ)を祀っています。社殿は一間社流見世棚造の檜皮葺です。1339年(暦応2年/延元4年)に鎮座したといわれます。
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