国宝の社殿とご利益 | 石清水八幡宮 - 神社ファン

有名度

関脇

石清水八幡宮

いわしみずはちまんぐう

京都府八幡市八幡高坊30

国宝の社殿とご利益

更新日:2025年6月21日

美しい八幡宮のシンボルの本殿

石清水八幡宮本社の社殿は、859年(貞観2年)の創建以来、度重なる増改築を行い、現在の社殿は1634年(寛永11年徳川家光により造替されたものです。2009年には平成の大改修が行われ、色鮮やかな極彩色の社殿がよみがえりました。
拝殿・本殿 正面
社殿の建築様式は、日本で最大で最古な八幡造形式の本殿は、八幡造は切妻の建物を前後に並べた社殿形式のことです。内殿・外殿の独特な空間構成を持つ幣殿と舞殿に、近代的な美しい装飾を施した八幡宮のシンボル的建築物です。屋根は、内殿が切妻造(きりづまづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)、外殿は屋根が流造(ながれづくり)の檜皮葺です。
拝殿 横
平成28年2月9日「石清水八幡宮本社」10棟(本殿、摂社武内社本殿、瑞籬、幣殿、舞殿、楼門、東門、西門、廻廊3棟、棟札三枚)が国宝に指定されました。国宝指定理由は、「古代に成立した荘厳な社殿形式を保持しつつ、近世的な装飾を兼備した完成度の高い神社建築として、高い価値を有している」と評価されています。
本殿 内殿

左甚五郎作の彫刻150点

石清水八幡宮の国宝の本殿を囲む瑞牆には、150点を超える彫刻が施されています。これは全て江戸時代の名工の日光東照宮の三猿でも有名な、左甚五郎一派作によるものです。中でも有名な作品は、「目抜きの猿」と「カマキリ」の透かし彫りの欄間です。
「目抜きの猿」は、琵琶の木の実を食べる猿の姿が、あまりにも素晴らしい出来ばえのため、命が宿り夜な夜なここから抜け出し里で悪さを繰り返していたとか。そのため、このサルが抜け出さないために右目に八幡竹で打ちつけているという逸話が残っています。
目抜きの猿 紹介看板
「カマキリ」は祇園祭の山鉾にも登場するモチーフで、カマを振り上げる姿が勇ましく武士に好まれる絵柄となっています。特にカマキリとユリの花の極彩色の色合いが美しい作品となっています。
カマキリ 紹介看板
この他、八幡宮の象徴である鳩や、鹿やゾウなど様々な動物が描かれていて、この彫刻を見るだけでも参拝した価値があります。
これらの彫刻が本殿にあるため、通常参拝では見られません。ただし石清水八幡宮の昇殿参拝を申し込めば拝見するこができます。詳細はコチラ

織田信長が寄進した雨樋

石清水八幡宮は天下の名だたる武将に勝運のある神社として信仰され、寄進をされていましたが、中でも代表的なのが織田信長です。本殿の内殿と外殿の間に掛かる美しい「黄金の雨樋」は、1580年(天正8年)織田信長が寄進したものです。これは織田信長が大山崎町の宝積寺に寄った際に、本殿の木の雨樋が壊れていることを聞き、寄進したものです。長さ22メートル、幅60センチのかなり大きなものです。金箔を施したのは、天災にあった時にこの金が修復の資金になるよう、換金も視野に入れての配慮だったと言われています。
その後回廊を豊臣秀吉が建て替え、その子秀頼が本殿を増築しました。徳川家康は建物の寄進はしていませんが、八幡宮全体の検地を免除し石清水八幡宮の保護を図りました。
黄金の雨樋は本殿付近にあるため、通常参拝では見られません。ただし石清水八幡宮の昇殿参拝を申し込めば拝見するこができます。詳細はコチラ
雨樋 紹介看板

御祭神・ご利益

石清水八幡宮の御祭神は中御前に応神天皇(おうじんてんのう)、西御前に比咩大神(ひめおおかみ)、東御前に神功皇后(じんぐうこうごう)を祀ります。比咩大神は多紀理毘賣命(たぎりびめのみこと)・多岐津毘賣命(たぎつひめのみこと)・市寸島姫命(いちきしまひめのみこと)の宗像三女神とも言われます。神功皇后は応神天皇の母、比咩大神は応神天皇の妻と言われています。三神で八幡大神とも総称されます。石清水八幡宮は日本三大八幡宮の一つとされ、八幡系の神社でも代表的な神社です。国家鎮護、厄除開運、必勝・弓矢の神などのご神徳があり、石清水八幡宮は古くから「厄除開運」と「必勝」のご利益が有名です。
本殿 裏側

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