三ノ鳥居・一ツ石 | 石清水八幡宮 - 神社ファン

有名度

関脇

石清水八幡宮

いわしみずはちまんぐう

京都府八幡市八幡高坊30

😞 🙁 😐 🙂 😄

三ノ鳥居・一ツ石

更新日:2026年7月15日

本殿へ続く神域の入口と勝運祈願の名所

大扉稲荷社から表参道をそのまま進み、石段を登った神馬舎の前に建つのが「三の鳥居」です。男山山頂に建つ最後の鳥居で、この先はいよいよ石清水八幡宮本殿へと続く神域となります。古くから多くの参拝者がこの鳥居をくぐり、本殿へ向かって歩みを進めてきました。

三の鳥居

三の鳥居は、応永7年(1400年)の室町時代に建立されたと伝えられています。創建当初は木造で、朱塗りに金の装飾を施した華やかな鳥居でしたが、寛永22年(1645年)に現在と同じ石造鳥居へ建て替えられました。
三の鳥居
その後、安永3年(1774年)の台風で倒壊し修復されましたが、昭和36年(1961年)の第二室戸台風によって再び倒壊しました。現在の鳥居は翌年に再建されたもので、長い歴史の中で幾度もの災害を乗り越えながら、男山山頂の入口を守り続けています。

馬場先

三の鳥居から本殿まで続く石畳の参道は「馬場先(ばばさき)」と呼ばれています。かつて神事や祭礼に関わる馬が行き交った場所とされ、本殿へ向かう最後の参道として、厳かな雰囲気に包まれています。石畳の両側には豊かな木々が並び、山上ならではの静かな空間の中を歩きながら参拝できます。
馬場先
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一ツ石

三の鳥居をくぐってすぐ、参道中央に自然石が露出している場所があります。これが「一ツ石(ひとついし)」です。「一ツ石」のほか、「勝負石」「お百度石」とも呼ばれ、石清水八幡宮を代表する勝運祈願の名所として知られています。
「勝負石」と呼ばれる由来は、この石がかつて行われていた競馬(くらべうま)の出発点であり、南総門下にあった「五ツ石」が終点だったことによるものです。また、「お百度石」は、お百度参りの起点として用いられたことから名付けられました。
一ツ石と三の鳥居
鎌倉時代、蒙古襲来(元寇)の際には、この一ツ石と本殿の間を千回往復して敵国降伏を祈願する「道俗千度参」が行われたと伝えられています。また、江戸時代には本殿参拝を終えた人々が一ツ石の前で再び本殿へ向かって拝礼する習わしもあり、古くから信仰の中心となってきました。
現在も勝運や成功祈願を願う参拝者が多く訪れる人気の見どころですが、一ツ石は保護のため柵で囲われています。石に触れたり、お金を置いたりすることはせず、歴史ある信仰の場として静かに参拝しましょう。
一ツ石

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