泉坊・松花堂跡 | 石清水八幡宮 - 神社ファン

有名度

関脇

石清水八幡宮

いわしみずはちまんぐう

京都府八幡市八幡高坊30

泉坊・松花堂跡

更新日:2025年5月17日

松花堂弁当ゆかりの地

ニノ鳥居から表参道を進み、大扉稲荷社がある影清塚の二股の分かれた道を右側に進んだところに泉坊・松花堂跡があります。1957年(昭和32年)に指定された国の史跡です。
泉坊・松花堂跡の石碑と看板
江戸時代の石清水社の隣の「瀧本坊」の住職であり、当代一の文化人であり「寛永の三筆」の一人で一の鳥居の額を模写した松花堂昭乗が晩年を過ごした宿坊です。
こちらの宿坊は1637年(寛永14年)に建てられ、泉坊の書院の奥に「松花堂」と名付けた茶室を立てさせました。明治に入り、書院と茶室は松花堂庭園に移築され、松花堂庭園・美術館となりました。
泉坊・松花堂跡地
松花堂昭乗は瀧本流・松花堂流という書風を生み出し、昭乗が行う茶の湯では小堀遠州や沢庵和商など寛永の文化人が集まる茶会となっていました。そこで使用された茶道具は「八幡名物」として珍重され、美術館にて展示されています。
松花堂弁当は、昭乗が愛着していた絵の道具などを入れていた十字の仕切りのある器を、大正以降に法事の時の会食の器として使用されたのが始まりです。その後、昭和の初めに、京都の名料亭「吉兆」の創始者により「松花堂弁当」が作られました。松花堂庭園・美術館敷地内にある「吉兆・松花店」では、ゆかりの地で庭園を眺めながらの松花堂弁当が頂けます。
松花堂弁当663highland(Wikipedia CC 表示 2.5)

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