多久神社 京都府 - 神社ファン

有名度

前頭

多久神社

たくじんじゃ

京都府京丹後市峰山町丹波涌田山2

京都府京丹後市峰山町丹波涌田山2

拝殿

VinayaMoto(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
多久神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

伊勢・神明系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

多久神社は京都府京丹後市に鎮座する神社。御祭神は豊受賀能咩命の1柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
伝承によれば、崇神天皇39年7月7日、丹波郷の池に羽衣天女が舞い降りた地に創建されたと伝えられる。祭神の豊宇賀能売命は『丹後国風土記』逸文に見える比治山の天女に比定され、この地に留まり稲作を広め、万病を癒す酒を醸したと語られる。この伝承により、明治時代まで天酒大明神と称されていたとされる。
社地は当初、現在地の西方約4,500メートルの旧地にあったが、嘉吉年間(1441年~1444年)に涌田山の現在地へ遷座したと伝わる。その後、丹波郷に属する丹波村・内記村・矢田村・橋木村・赤坂村・石丸村・新山村の総社とされ、明治6年(1873年)には丹波村の村社となった。さらに明治2年(1869年)頃、俗称の廃止と正式な神社号への改称を契機として、総社の由来をめぐる「多久論争」が起こり、地名解釈や古記録の読み方をめぐって議論が展開されたことが記録に残る。
本殿は文化8年(1811年)の火災後に再建された建物であり、擬宝珠の銘から文化11年(1814年)までに完成したことが確認できる。一間社隅木入春日造、こけら葺屋根に唐破風を備える端正な構成で、精緻な彫刻を施した近世丹後の社殿建築を伝える貴重な遺構として京都府登録有形文化財(建造物)に登録されている。棟梁は丹後地方で活動した大工・吉岡嘉平と伝わる。
例大祭は10月中旬の土日に行われ、丹波の芝むくりが奉納される。この芝むくりは京都府登録無形民俗文化財に位置づけられているが、近年は少子化の影響により実施されない年もある。また7月30日には水無月祭(川裾祭)が斎行され、地域に古くから伝わる祭祀が今に継承されている。
  • 郷社
  • 式内社(不明)
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 一間社隅木入春日造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E4%B9%85%E7%A5%9E%E7%A4%BE
京都府神社庁
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/