真幡寸神社 | 城南宮 - 神社ファン

有名度

関脇

城南宮

じょうなんぐう

京都府京都市伏見区中島鳥羽離宮町7

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真幡寸神社

更新日:2026年9月8日

『延喜式』にも名を残す古社「真幡寸神社」

城南宮の東の鳥居近く、参道沿いに鎮座する真幡寸神社(まはたきじんじゃ)は、真幡寸大神(まはたきのおおかみ)と応神天皇をお祀りする城南宮の摂社です。
真幡寸神社の歴史は古く、816(弘仁7)年7月21日の『日本紀略』には「真幡寸神、官社の列に預る」と記されています。官社とは朝廷から幣帛を奉る神社のことで、平安時代初期にはすでに朝廷から崇敬を受けていたことがわかります。
さらに、平安時代に編纂された『延喜式』の神名帳には、山城国紀伊郡の「真幡寸神社二座」として記載されています。いわゆる式内社にあたり、古くからこの地域で重要な神社として祀られてきました。
城南宮 真幡寸神社 鳥居と社殿

城南宮とも深い関わりを持つ「真幡寸神社」

真幡寸神社は、現在は城南宮の摂社として祀られていますが、城南宮の歴史とも深い関わりを持っています。
明治時代には、城南宮が『延喜式』に記された真幡寸神社にあたるとされ、「真幡寸神社」の社号が用いられた時期がありました。その後、再び「城南宮」の社号に戻され、現在は境内に真幡寸神社が摂社として祀られています。
また、真幡寸神社の御神紋は徳川家と同じ「三葉葵」とされています。このことから江戸時代には幕府から照会を受け、神社の由緒を奉行所へ回答しました。その際の文書が現在まで伝えられています。
真幡寸神社は竹田地区の氏子からも篤く信仰されてきました。境内に立つ石の社号標や石灯籠は、竹田地区の氏子によって寄進されたものです。
古代の史料に名を残し、城南宮の社号の歴史とも関わりながら、現在まで地域の人々によって大切に守られてきた神社です。

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