有名度
前頭菱妻神社
ひしづまじんじゃ
京都府京都市伏見区久我石原町3-27
京都府京都市伏見区久我石原町3-27

かんたんご利益
- 学業
菱妻神社には
「学業・技芸系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
文学の祖神 学問の神
御祭神
天児屋根命 あめのこやねのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「春日系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
菱妻神社は京都府京都市伏見区に鎮座する神社。御祭神は天児屋根命の1柱をまつる。
社格は式内社(論社)。
起源は平安時代後期の永久元年(1113年)2月、右大臣源雅実が奈良の春日大明神から天児屋根命を勧請し、「火止津目(ひしずめ)大明神」と称して創祀したことに始まると伝えられる。その後、保延元年(1135年)頃の桂川の大洪水によって社地が流失したとされるが、再興され、地域の鎮守として信仰を保ってきた。久寿元年(1154年)には「火止津目」の名が転じて「菱妻(ひしづま)」と称されるようになったと伝えられ、久我の郷の氏神・産土神としての位置を確立していった。
中世には周辺荘園の鎮守として崇敬を集め、芸能や競馬の奉納も行われたという。近世に入ると社殿の整備が進み、天保6年(1835年)には現在の本殿が造営されたと伝わる。
例祭である千種祭は、毎年5月第2日曜日(旧4月上の巳日)に斎行される。
社格は式内社(論社)。
起源は平安時代後期の永久元年(1113年)2月、右大臣源雅実が奈良の春日大明神から天児屋根命を勧請し、「火止津目(ひしずめ)大明神」と称して創祀したことに始まると伝えられる。その後、保延元年(1135年)頃の桂川の大洪水によって社地が流失したとされるが、再興され、地域の鎮守として信仰を保ってきた。久寿元年(1154年)には「火止津目」の名が転じて「菱妻(ひしづま)」と称されるようになったと伝えられ、久我の郷の氏神・産土神としての位置を確立していった。
中世には周辺荘園の鎮守として崇敬を集め、芸能や競馬の奉納も行われたという。近世に入ると社殿の整備が進み、天保6年(1835年)には現在の本殿が造営されたと伝わる。
例祭である千種祭は、毎年5月第2日曜日(旧4月上の巳日)に斎行される。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
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出典
公式サイト
http://hishiduma.net/
京都府神社庁
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/
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